
北海道旅・第一章の準備がひと段落し、いよいよ本格的に走り出す第二章。
大阪を出発してから二週間以上が経ち、ハイエースで北へ北へと進んできた僕たちは、ついに津軽海峡を越えて北海道の地に立った。
真夏の熱気の中で本州を縦断し、青森・大間崎で迎えた朝。あの静かな海を前に、「いよいよ始まるんだな」と実感したのを覚えている。
フェリーを降りると、そこにはずっと憧れていた北の大地。ここからは、暮らすように北海道を巡る日々のはじまりだ。
道南の海沿いを進む車窓の向こうには、ゆっくりと沈んでいく夕陽が広がっていた。
懐かしい景色と味、そしてかつての旅仲間との再会。そんな時間に背中を押されながら、北海道での新しい日々が静かに始まっていく。

本州縦断、北海道への道のり

これから始まる二ヶ月におよぶ旅に向けて、少しずつ準備を進めてきた。出発は8月下旬。真夏の熱気がまだ色濃く残るころだ。
車中泊仕様に整えたハイエースは、まだ未完成な部分も多い。それでも、本当に必要な機能や道具をひとつずつ見極めながら、自分たちなりの「動く家」を形にしてきた。
不安がないわけじゃない。むしろ初めての長期旅、不安のほうが多いかもしれない。それでも、やれるだけのことはやった。あとは、この時間を思いきり楽しむだけだ。
まず目指すのは北海道上陸。移動手段としてはフェリーが楽ではあったけれど、慣れない長時間航路に対する不安も大きかった。
だから今回は、陸路をひたすら北上することに決めた。
高速道路のSAを繋いで北へ進む



東名高速・足柄サービスエリアを皮切りに、サービスエリアを繋ぐように北へと進んでいく。
足柄SAにある「足柄金時湯」は、高速道路上では数少ない入浴施設のひとつ。長距離移動の合間に湯に浸かれるありがたさを、早くも実感した。
今回の北上は、観光をしながらのんびり、というわけにはいかなかった。
理由は気温の高さ。35℃を超える日も珍しくない近年の日本の夏では、真夏日に車中泊をするのはなかなか厳しい。
標高の高い場所を繋いで移動する案もあったが、深夜割引の適用なども考慮すると、高速道路に乗り続けて一気に距離を稼ぐのが現実的だと判断した。
最短距離であれば北陸自動車道という選択肢もあったが、設備の充実度を優先して東名から東北自動車道へとルートを取った。


高速道路を使った移動の楽しみのひとつが、各サービスエリアでの食事だ。フードコートやレストランには、定食や麺類など多彩なメニューが並び、つい目移りしてしまう。
基本は節約旅。それでも、移動だけで終わってしまいがちな一日には、美味しいものを食べる時間が何よりのご褒美になる。
うどんと天丼のセットや、揚げたての唐揚げ定食が、単調になりがちな道中に小さな彩りを添えてくれた。

旅の途中、サービスエリアで離乳食を食べる息子の姿も、この旅の大切な風景のひとつだ。
まだ基本はミルク中心だったけれど、ちょうど離乳食を始めたばかりの時期。レトルトのベビーフードは、一度で食べ切れる量で保存もしやすく、持ち運びにも便利。
慣れない土地を移動する中で、その存在は本当に心強かった。
下北半島を回り道、大間崎へ到達


人気の少ないパーキングエリアで仮眠を取りながら走り続けた。
出発の翌日の夜には青森へ入り、「道の駅浅虫ゆ〜さ」で一夜を過ごした。ここまで北上してくると、夜の空気はほんの少しやわらぎ、真夏でもいくらか過ごしやすく感じられた。
長時間の移動にもかかわらず、息子は驚くほど元気いっぱい。その姿にほっと胸をなで下ろす。
実は、下北半島には個人的な思いがあった。自転車で日本一周をしたとき、このエリアをじっくり巡れなかったことが、ずっと心残りだったのだ。
青森港から函館へ渡るフェリーもあるけれど、今回はあえて大間崎から渡ることに決めた。少し遠回りでも、自分の中の「やり残し」を回収したかった。


下北半島でどうしても訪れたかった場所のひとつが、恐山のすぐ近くにある宇曽利湖だ。強酸性の火山湖特有のコバルトブルーが陽の光を受けて輝く。
その色を、どうしても晴れた日に見たかった。
湖が好きな僕にとって、ここは外せない場所だった。恐山は以前、妻と二人で訪れたことがある。今回は立ち寄らず、その先にある仏ヶ浦へと急ぐ。
駐車場から海岸へは急な遊歩道を下る必要がある。ちょうど息子はお昼寝の時間で、妻も疲れていたため、ふたりには車で休んでもらい、僕ひとりで足を運んだ。



青森県下北半島の西岸に位置する仏ヶ浦は、約2kmにわたって白緑色の奇岩が連なる景勝地だ。
約1,500万年前の海底火山活動によって堆積した凝灰岩が、長い年月をかけて隆起し、波や風雨の浸食を受けて現在の独特な地形を形づくっている。
目の前に広がる景色は、まるで別の惑星に迷い込んだかのようだった。
白い岩肌と青い海のコントラストに息をのみ、夢中でシャッターを切る。海上からは遊覧船やシーカヤックでも楽しめるらしい。
いつか家族で再訪するときの楽しみに取っておこうと思いながら、名残惜しくもその場を後にした。



夕方には大間町へ到着。翌日の昼便で函館へ渡る予定なので、ようやく一息つける時間だ。
「大間町海峡保養センター」で湯に浸かり、併設の食堂で夕食を済ませる。移動の多い旅では、ひとつの場所で風呂も食事も済ませられるありがたさが身にしみる。



大間崎の駐車場に隣接する無料キャンプ場で一夜を過ごした。妻と息子は車中泊、僕はソロテント。この旅で初めてのセミオートスタイルだ。
大間崎テントサイトは、周囲を住宅地に囲まれたシンプルなつくり。公衆トイレと炊事棟があるだけだが、本州最北端は目と鼻の先。津軽海峡がすぐそばに広がる。
翌朝、海から昇る朝日を眺める。静かな時間が、これから海を渡る心を整えてくれる。


散歩がてら本州最北端の地へ。澄みきった青空の下、「本州最北端の碑」の前で記念撮影をする。妻と息子の笑顔がまぶしい。
初めての車中泊で訪れた潮岬に続き、日本四端のひとつにまた家族で立つことができた。
そして大間崎といえば、巨大なマグロのモニュメント。思わず写真を撮りたくなる象徴的なフォトスポットだ。


空いた時間に買い出しや洗濯を済ませ、そのあとはフェリーの出発までキャンプ場でのんびり過ごした。もう少し早い便に乗ることもできたけれど、ここから先は急ぐ旅ではない。
体も心もゆっくりと休ませながら、北海道入りを前に気持ちを整える。境界線の手前で、深呼吸をするような時間だった。
最短航路のフェリーで函館へ上陸



穏やかに過ごした大間崎を離れ、いよいよ海を渡る。車両待機所に並ぶと、自然と高揚感が込み上げてきた。
函館までは約90分。最短航路ということもあり、船酔いの心配は少ない。車ごと北海道へ渡れるうえ、料金も比較的抑えられているのはありがたい。
船内では、息子は妻に抱かれながらすやすやと眠っていた。
デッキに出ると、津軽海峡の向こうに少しずつ北海道の姿が近づいてくる。きっとこの海のどこかが県境なのだろう。そう思うと、見えない線を越えていく感覚に胸が高鳴った。
境界を越えて、旅が暮らしに近づく


北海道に上陸してからは、あえて道南を時計回りに、海沿いの道をなぞるように走ることにした。正直なところ、有名な観光地が多いエリアという印象はなかった。
それでも一度はこの道を走ってみたかった。理由はうまく説明できないけれど、ただ「行ってみたい」と思ったからだ。
そしてこの選択は、大正解だった。本州ではまだ残暑に息苦しさを感じる時期だというのに、道南の海沿いは風がよく通り、驚くほど穏やかな空気に包まれていた。
窓を開けて走るだけで、身体の奥にたまっていた熱がゆっくり抜けていく。
なにより天気に恵まれた。日中はどこまでも澄んだ青空が広がり、夕暮れ時にはオレンジ色に染まった道を駆け抜ける。マジックアワーの空の下、風力発電の風車が静かに並ぶ景色は、まるで映画のワンシーンのようだった。
後半は曇り空に変わったけれど、不思議と気にならなかった。今回の旅は、観光地を効率よく巡ることが目的ではない。
そのとき気になった場所で車を停め、立ち止まり、目の前の風景をただ受け取る。そして心が動いた瞬間を、シャッターに収める。
走ること、食べること、眠ること。その繰り返しのなかで、少しずつ旅のリズムが整っていくのを感じていた。
特別なことをしているはずなのに、どこか日常に近い感覚。境界線を越えたはずなのに、むしろ暮らしへと近づいていく
——そんな不思議な時間が流れていた。
始まりを予感させる穏やかな湖畔




北海道で初めての朝は、「東大沼キャンプ場」で迎えた。
少しだけ早起きをして外に出ると、湖面には朝靄がゆっくりと立ちのぼっていた。音のない世界。水面と空の境界が溶け合い、その中に自分たちも溶け込んでいくような感覚に、思わず息をのむ。
北海道の朝は、こんなにも静かで、こんなにも澄んでいるのかと、胸の奥が小さく震えた。
このキャンプ場の魅力は、湖畔沿いの開けたサイトと、木立に包まれる林間サイトを選び分けられるところにある。湖に寄り添うか、森に身を委ねるか。
その日の気分や過ごし方で表情を変えられるのが嬉しい。カヤックやSUPを持ち込んで、水の上からこの景色を味わう人の姿も想像できた。
僕たちは湖畔にプレイマットを敷き、家族三人で並んで腰を下ろした。穏やかな湖面をただ眺めるだけの時間。特別なことは何もしていないのに、これ以上ないほど満たされている。
走る旅ではなく、留まる旅。観光ではなく、暮らしに近い時間。この朝の風景は、まさに今回思い描いていた旅のかたちそのものだった。
旅を彩る美しい景色と車中泊


道南を走るあいだ、いくつかの道の駅で車中泊をした。その中でも特に印象に残っているのが、「道の駅 上ノ国もんじゅ」だ。



建物の裏手に回ると、「神の道」と名付けられた遊歩道が整備されている。
そこから眺める海に沈む夕日は、思わず言葉を失うほどの美しさだった。水平線の上に、オレンジとブルーが溶け合う帯がゆっくりと広がっていく。
旅先で出会うマジックアワーは、なによりのご褒美だと思う。



北海道は無料キャンプ場の数が全国でも有数だという。その恩恵を感じたのが、「寿都町浜中海岸野営場」だった。
駐車場と炊事場兼トイレがあるだけのシンプルな野営場。けれど目の前には寿都湾が広がり、遮るもののない空と海がある。それだけで十分だった。
高台には巨大な風力発電が立ち並び、この土地が強風で知られていることを物語っている。けれど訪れた日は驚くほど穏やかで、波打ち際に立ちながら、ただぼうっと海を眺めることができた。
観光地を急いで巡るのではなく、景色のいい場所に車を停め、そのまま夜を迎える。美しい風景と車中泊が自然につながっていく感覚は、北海道ならではの贅沢なのかもしれない。
再訪の洞爺湖、懐かしさに包まれて

内陸へとハンドルを切り、向かったのは洞爺湖。
旅を終えたあと、数年暮らした場所。そして、妻と出会った場所でもある。湖畔に立つと、時間がふっと巻き戻るような感覚があった。
早朝の湖面は静かで、中央に浮かぶ中島がゆっくりと朝の光を受け止めている。あの頃も、こんな景色を見ていたはずなのに、いまはまるで違う意味を持って目の前に広がっている。
かつて通った行きつけの店を訪ね、以前働いていた職場の前にも立ってみた。ドアを開けた瞬間の匂い、交わした何気ない会話、慌ただしく働いていた日々
——記憶が一つずつ、丁寧にほどけていく。懐かしさというのは、不思議な感情だ。
ただ過去を思い出すだけではなく、「いまここにいる自分」を静かに確かめさせてくれる。あの頃はひとりだった。いまは隣に妻がいて、腕の中には息子がいる。
同じ湖を見ているのに、景色はまるで違って見えた。
旅人に少し厳しい、洞爺の夜



洞爺に辿り着いた日、ぼくたちは湖畔にある「洞爺湖園地」で車中泊をした。目の前には穏やかな湖面。事前に調べた限りでは、明確な「車中泊禁止」の表示はない。
けれど——正直に言えば、どこか落ち着かない空気があった。すぐ近くには温泉街が広がり、ホテルや旅館が立ち並ぶ。観光で成り立っている土地だ。
無料で泊まれる場所が増えれば、そのぶん地域に落ちるお金は減ってしまう。そうした事情があることも、旅を続けるうちに自然と考えるようになった。
実際、周辺を走ると「キャンプ禁止」「車中泊はご遠慮ください」といった看板をあちこちで目にする。洞爺周辺は、とくにその雰囲気を強く感じるエリアだった。


買い出しひとつとっても、湖の周辺だけでは少し不便だ。商業施設のある伊達や室蘭まで車を走らせる。どちらもかつての生活圏内で、道を曲がるたびに懐かしい景色が現れる。
一通り思い出の場所を巡ったあとは、今夜の居場所探しだ。この辺りには無料で利用できるキャンプ場もいくつかある。
「アルトリ岬キャンプ場」や「徳舜瞥山麓キャンプ場」など、名前だけを見ればありがたい存在だ。けれど実際に足を運んでみると、家族三人で過ごすには少し心許ない。
ひとり旅なら気にしなかったこと——夜間の照明、周囲の雰囲気、衛生面、立地。
見るポイントが明らかに変わっている自分に気づく。守るべき存在が増えると、選択の基準も自然と変わるのだ。自由にどこでも眠れそうで、実はそうでもない。
洞爺の夜は、旅人に少しだけ現実を突きつけてくる。
湖畔で過ごす、穏やかな時間



せっかくここまで来たのだから、もう少し洞爺に留まることにした。
選んだのは、湖畔沿いにある「仲洞爺キャンプ場」。料金は良心的で、車の乗り入れも可能。同じ敷地内には入浴施設「来夢人の家」もあり、滞在には申し分ない環境だ。
大阪を出発してから、気づけば二週間近くが経っていた。
この旅で、はじめて“宿泊にお金を払った”ことに気づく。北海道は無料キャンプ場の数が本当に多い。予約不要、受付なしという場所も珍しくなく、節約旅にはありがたい土地だ。

それでも今回は、あえて有料キャンプ場を選んだ理由がある。
それは、ゴミの処理。指定のゴミ袋を購入すれば、そのまま引き取ってもらえる。これは長旅において想像以上に大きなサービスだ。
道の駅やサービスエリアでは家庭ごみの持ち込みは禁止が基本。旅先で出たゴミとはいえ、数日分をまとめて処分するのは気が引ける。
できるだけお金を落とした場所で小分けに処理し、それでも溜まったら有料で引き受けてもらう。長く旅を続けるなら、このバランス感覚はとても大切だと思っている。
北海道の道の駅の一部では、指定袋を購入すれば回収してくれる場所もある。事前に調べておくと、旅先でもスムーズでかなり助かる。


そして何より、このキャンプ場はロケーションが抜群だ。
湖畔にこれほど近くテントを張れる場所は、洞爺周辺ではほとんどない。ほかは高台にあったり、国道を挟んでいたりする。その点、仲洞爺は湖と地続きの感覚で過ごせる。
湖畔沿いの区画を確保できれば、プライベート感も高い。風が弱く、波が立っていなければ、湖面には木々がそのまま映り込む。
東側に位置するため、美しい夕陽も期待できる。無雪期には夜に花火が上がることもあり、一日のなかで表情を何度も変えてくれる。
旅の途中で立ち止まること。安心できる場所に身を置くこと。そのどちらも満たしてくれる、穏やかな湖畔の時間だった。
懐かしい味に、記憶が呼び戻される

旅をしていると、その土地の名物を追いかけたくなるものだけれど——
今回の洞爺滞在は、どちらかといえば「懐かしい味」をなぞる時間だった気がする。ふと手に取った食材。なんとなく立ち寄った店。
気づけばそれは、かつて暮らしていた頃によく通っていた場所のものばかりだった。
キャンプ場で焼いた豚肉も、味付けに使った焼肉のタレも、どちらもルスツの精肉店で買ったもの。観光客としてではなく、生活者として通っていたあの頃の延長線上に、いまの自分がいるような感覚になる。
アウトドア用のフライパンでジュウジュウと音を立てる豚肉。立ちのぼる甘辛い香りに、自然と記憶が引き寄せられていく。
あの頃は仕事終わりに買って帰り、家でさっと焼いて食べていた。いまは湖畔で、妻と息子のそばで火を入れている。同じ味なのに、状況がまるで違う。
それでも、口に入れた瞬間に広がる安心感は変わらない。ここまでの旅で食べたもののなかでも、とくに思い入れの強い味がいくつかある。
せっかくなので、少し紹介していこうと思う。
函館の味といえば、ラッキーピエロ

函館といえば真っ先に思い浮かぶのが「ラッキーピエロ」 だ。
北海道内でも函館周辺にしか展開していない、ご当地バーガーショップ。観光客にも地元の人にも愛されていて、道南ドライブのお約束みたいな存在になっている。
今回立ち寄ったのは、最北端に位置する 「ラッキーピエロ 森町赤井川店」。函館と森町の中間あたりにあって、道南を巡るときはつい吸い寄せられてしまう店舗だ。


名物はなんといっても「チャイニーズチキン」。甘辛いタレが絡んだ唐揚げが本当においしい。
バーガーが基本とはいえ、我が家ではこの「チャイチキ」や「ラキポテ」を頼むことが多い。あのポテトのチーズとミートソースの組み合わせ、罪深いけどやめられない。
ちなみに今回、ぼくが選んだのは「チャイニーズチキンオムライス」。少し通い慣れてくると、つい別メニューに挑戦したくなるタイプだ。
一方で妻は、気に入ったものをずっとリピートするタイプ。だから自然とテーブルには違う料理が並び、結果的にいろんな味を楽しめる。ちょっと得した気分になる瞬間だ。
それにしてもメニューの幅が広い。カツ丼、のり弁、カレー、ハンバーグ……もはやハンバーガーショップというより、子ども心をくすぐる定食屋のような安心感がある。
余談だけれど、どの店舗にもオリジナルグッズやお土産がずらりと並んでいる。
我が家ではペアのグラス(大きいやつ)と、着替えを入れるエコバッグが現役だ。旅の途中で使うたびに、「ああ、また来られたな」と小さく嬉しくなる。
湖畔の夜に食べた、室蘭焼きとり


洞爺で連泊を決めた理由は、正直に言うとこの店の存在が大きい。
洞爺湖温泉街の細い路地裏にある 「味の一平」。ここで出される「室蘭やきとり」が、とにかく好きだ。
室蘭やきとりは、その名の通り近くの室蘭発祥。鶏ではなく豚肉を使い、玉ねぎと交互に串に刺して炭火で焼く。甘辛いタレをまとわせ、洋がらしをちょこんと添えるのが定番だ。
はじめて食べたときは、「焼き鳥なのに豚?」と少し驚いた。
でも一口食べれば、そんな違和感はすぐに消える。炭の香りとタレの甘み、豚の脂の旨みが合わさって、やけに後を引く。
このあたりに住んでいた頃は、月に一度くらいのペースで通っていた。愛想のない老夫婦が二人で切り盛りしていて、正直、接客はかなりぶっきらぼう。笑
でも、それも含めてこの店の味だと思っている。安くて、気取らなくて、ちゃんと美味しい。だから何度でも来たくなる。

妻はお酒を飲まないので、ここではごはん担当。名物の大きなおにぎりも、忘れられない思い出の味だ。おばあちゃんが握るそのおにぎり、びっくりするくらい塩をまぶす。
「ちょっと待って、それ多くない?」と思うほど。実際に食べてもかなりしょっぱい。でも、不思議と止まらない。焼きとりのタレと絶妙に噛み合うからだろうか。
冬になればおでんも並ぶ。しみしみの大根と熱燗で一杯やる人たちの姿が目に浮かぶ。
北海道の旅を計画するたびに、ここを軸にルートを組んでしまうのが悩みどころ。それくらい、ぼくたちにとって大事な場所だ。
後継者らしき人も見当たらず、いつかふっと暖簾が下ろされてしまうのではないかと少し不安になる。だから毎回、電話をかけるときは少しだけ緊張する。
この味があるうちに、また行こう。
湖畔の夜と一緒に、ちゃんと覚えておきたい味だから。
変わらない、セコマのおにぎり


北海道に来たら、やっぱりここも外せない、「セイコーマート」。
道民からは親しみを込めて「セコマ」と呼ばれている、ご当地コンビニだ。
店内調理の弁当や総菜を提供する「ホットシェフ」は、もはや一つの文化。温かいごはんの匂いが店内に漂っていると、それだけで安心する。
なかでも好きなのが、大きなおにぎりシリーズ。ずっしり重くて、具もたっぷり。ぼくは決まって「チーズおかか」、妻は「明太子&マヨ」。
何度食べても飽きない味って、こういうことを言うんだと思う。特別じゃないのに、ちゃんと美味しい。そしてちゃんと満たされる。

そして忘れちゃいけないのが、「リボンナポリン」。
北海道で炭酸を飲むなら、なぜかこれ一択になる。あの鮮やかなオレンジ色と、どこか懐かしい甘さ。気づけば手に取っている。
自転車で日本一周していた頃も、北海道ではほぼ毎日のように通っていた。移住していた時も、職場の寮の真裏にセコマがあって、生活の一部だった。
観光スポットじゃない。でも確実に、暮らしを支えてくれていた場所。
赤ちゃん連れだと、飲食店の営業時間や混雑具合に振り回されることも多い。その点、セコマはいつでもそこにある。この旅でも、何度も助けられた。
派手さはないけれど、変わらない安心感がある。
旅の途中で出会う日常は、ときどき観光地よりも強く記憶に残る。
峠を越えて、友人が待つ札幌へ


洞爺を離れ、次に目指すのは札幌市。言わずと知れた北海道最大の都市だ。
向かう途中、立ち寄ったのは 「道の駅 望羊中山」。中山峠の名物「あげいも」の看板を横目に、しばし休憩。峠を越えるという行為は、いつだって少しだけ気持ちを切り替えてくれる。


ハンドルを握りながら思い出していたのは、これから会う友人夫婦とのことだ。
出会いは、いまから7年ほど前までさかのぼる。
舞台ドラマ「ちゅらさん」で知られる小浜島。冬になると、黒糖の原材料となるさとうきびの収穫のため、季節労働者が全国から集まる。いわゆる「きび狩りバイト」。
ぼくたちはそこで、寮の運営と調理を担当していた。春までの約4ヶ月間、ほぼ休みなし。四畳半ほどの狭い部屋で三人、川の字で眠る毎日だった。
当時からカップルだった二人は、その共同生活の最中に結婚。石垣市役所まで婚姻届を提出しに行く姿を見届けた仲だ。

あれから年月が経ち、今回は彼らの札幌の自宅へ。
妻は北海道に住んでいた頃に一度だけ会ったことがあるが、結婚してから顔を合わせるのは今回が初めてだ。息子ももちろん初対面だ。
結婚したこと、父親になったことを直接報告すると、心から喜んでくれた。
——と同時に、かなり驚かれた。「え、ほんとに?」という顔。
旅をしていた頃のぼくしか知らない友人たちにとって、家庭を持った姿はまだどこか不思議らしい。正直、自分でも少しわかってしまう。
そして彼らにも、二人の子どもが生まれていた。環境は大きく変わったはずなのに、再会した瞬間、あの頃に戻ったような感覚になるから不思議だ。
しばらく友人宅でゆっくりさせてもらった。夜になれば大人だけで集まり、昔話に花が咲く。笑い声が絶えない時間だった。
気づけば1,000km以上走って、ただ友だちの家に遊びに来ただけのような気もしてくる。でも、それくらい自由でいい。目的地よりも「会いたい人」が先にある旅も悪くない。
再会を約束して、またハンドルを握る。
次の大きな目的地——最北端へ向かう日々が、ここからまた動き出した。

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