
旅は、特別な出来事の連続だと思っていた。けれど家族で長い時間をかけて走ってみると、少し違う景色が見えてくる。
観光地を巡るだけではなく、食事をして、眠って、また走る。そんな日々の繰り返しが、いつの間にか旅そのものになっていく。
この旅では、車に日常を積み込み、北海道をゆっくりと巡った。絶景の道を走る日もあれば、小さな町で足を止める日もある。
予定通りに進むこともあれば、思いつきで引き返すこともあった。それでも振り返ってみると、どの時間も確かに旅だったと思う。
これは、家族で過ごした「暮らすように旅する北海道」の記録である。



走り続けてきた旅の中で、じっくりと立ち止まる時間ができた。札幌で再会した友人家族との日々は、これまでとは少し違う旅のかたちを見せてくれる。
景色を巡るだけじゃない、誰かと過ごす時間の中にある豊かさ。そんな時間に身を委ねながら、次に進むための準備を整えていく。
暖かく迎えてくれた友人家族

宗谷岬から札幌へととんぼ帰りしたその日のうちに、再会を約束していた友人宅へ向かった。友人は半二世帯のような住まいに暮らしていて、お風呂や食事の時間になると隣の実家へと移動する。
ぼくはもともと旅仲間として知り合い、これまでにも何度かおうちにお邪魔したことがあった。お母さんとも顔見知りで、久しぶりの再会を喜んでくれた。
実家のリビングでは、お風呂上がりにお菓子をつまみながらテレビを眺める。どこか懐かしい光景が広がっていた。
遠く離れた北海道の家なのに、不思議とよそよそしさがない。なんだか人の家とは思えないほど、居心地がよかった。


宗谷岬へ向かう前、友人宅に立ち寄ったときのこと。庭先ではすでにバーベキューの準備が始まっていて、いきなり豪快なもてなしを受けることになった。
北海道の一戸建ては、となり近所との距離が比較的離れていることが多く、こうした庭先でのバーベキューは割とよくある光景らしい。
豪快に火おこしをする友人を、息子は目を丸くしながらじっと見つめていた。




そして、改めてお邪魔した今回のもてなしにはさらに驚いた。
風呂上がりに台所のシンクを眺めると、鮭が一匹まるごと転がっている。次の瞬間にはまな板でお腹を割られ、中からなんとも立派な筋子が現れた。すごく手慣れている。
聞けば北海道ではこれもまた珍しくない光景らしい。秋になると知り合いからもらったり、市場で買ったりして、家庭で調理することが多いのだという。
その筋子は丁寧にほぐされ、いくらの醤油漬けになった。妻はいくらが大好物で、「こんなにおいしいいくらは初めて」ととても感動していた。
さらに、鮭を使った石狩鍋まで振る舞ってくれた。少しずつ肌寒くなり始めたこの時期に食べる温かい手料理が、旅の疲れをすっとほどいてくれるのを感じていた。
本当の家族のように、当たり前のように迎え入れてくれる。そんな時間が、ただただうれしかった。
友人家族と過ごす穏やかな休日

翌日は、友人家族と一緒に出かけることになった。
札幌の街を離れ、車を走らせていくと、次第に山の景色が広がっていく。途中で立ち寄ったのは、毛無山展望台。眼下には小樽の街並み、その向こうには海が広がっていた。
柵にもたれながら、みんなでしばらく山々を眺める。特別なことをしているわけではないのに、こうして誰かと景色を共有する時間が、妙に心地よかった。
秋の深まる神仙沼ハイキング

この頃には季節は進んでいて、すでに10月初旬。標高の低い山々も、少しずつ色づき始めていた。
ニセコエリアの代表的な紅葉スポットとして知られる神仙沼へ。以前から一度訪れてみたいと思っていた場所で、友人家族を誘って向かうことにした。
入口の駐車場はすでに長蛇の列。その人気ぶりがうかがえる。到着するまではすっきりと晴れていた空も、歩き始める頃にはどんどん曇り空へと変わっていった。





神仙沼へと続く道は、木道が整備されている。そのおかげで、軽いハイキング感覚で歩いていくことができた。
本来なら、朝日や夕陽に照らされた草紅葉がとても美しい場所らしい。ただ、この日はあいにくの空模様。期待していたほどの景色には出会えなかった。
それでも、友人家族と会話をしながら歩くフィールドはとても楽しかった。友人の息子たちは元気いっぱいで、木道の上を走り回りながら遊んでいる。
その姿を見ているだけでも、なんだか嬉しくなる。

まだ1歳にも満たない息子は、ベビーカーに乗ったまま。けれど、いつかはあんなふうに走り回る日が来るのだろうか。
成長するにつれて、どんな遊びができるようになるのか。友人の子どもたちが、その未来を少しだけ見せてくれているような気がした。
旭岳を歩いたときにも思ったことだけれど。いつか息子と一緒に、こんな自然豊かな場所を歩いてみたいと思う。
子供たち大歓喜、遊園キャンプ


翌週、友人家族の仕事が休みの日に合わせて、三笠市にあるファミリーランドみかさ遊園へ向かった。
周囲を山々に囲まれたキャンプ場で、あたりの木々はすでに美しく色づき始めている。紅葉を眺めながらのキャンプは、それだけで心がほどけていくようだった。
これまでキャンプといえば家族だけで行くことがほとんどで、誰かと一緒に過ごすキャンプはあまり経験がなかった。それだけに、この時間はとても新鮮に感じられた。


焚き火のそばでは、友人がスキレットを使ってポテトフライを作っていた。使っている焚き火台は、市販品ではなく自分で溶接して作ったものらしい。
そういえば家にあった洋服用のハンガーラックも、丸棒を溶接して作ったと言っていた。
専門的な学校に通っていたわけでもないのに、家具や道具など、いろいろなものを独学で作ってしまう。そんな器用さには、いつも感心してしまう。
友人は海外を飛び回る仕事をしていて、夫婦そろって料理もとても上手だ。ポテトフライひとつとっても、味付けが凝っている。
チリパウダー、バジル、ガラムマサラなど、いくつものスパイスを混ぜ合わせたその味は、驚くほどおいしかった。
ぼくは一から何かを生み出すことがあまり得意ではない。ものづくりや料理において、友人の手際の良さにはいつも感心させられる。



三笠市は化石の発掘で知られているらしく、園内には巨大な恐竜のモニュメントが立っている。それが子どもたちの目を惹いていた。
ゴーカートや遊具、ロング滑り台など、子どもが思い切り遊べる設備もたくさんある。
ふと目をやると、友人の息子が赤いトラックの荷台に腰掛けていた。それは友人が本州まで足を運んで手に入れたという古い日産ホーマー。
大切に乗られているのが伝わってくる、なんとも味のある一台だ。



普段は車中泊ばかりだったけれど、この日はテントを張って過ごした。
そして息子は、この旅で初めてテントの中で眠った。まだまだ赤ちゃんだけれど、こうしていろいろな経験を重ねるうちに、少しずつ逞しくなっていくのだろう。
そんなことを思いながら、静かな夜のキャンプ場でランタンの灯りを眺めていた。
友人宅を拠点に、北の名所を巡る

友人は「自分の家のように好きに過ごしてくれていいよ」と言ってくれていた。その言葉に甘えて、ゆっくりとした時間を過ごすうちに、旅の疲れもすっかり癒えていった。
ただ、せっかく北海道まで来ている。このまま家でのんびりしているだけでは、少しもったいないような気もしていた。
そこで、友人宅を拠点にしながら、札幌からほど近い名所をいくつか巡ってみることにした。
煌めく札幌の夜景を望む



夜景の撮影が好きで、これまでにも全国のいろいろな景色を見てきた。
その中でもここは、日本新三代夜景に数えられる場所のひとつ。藻岩山観光自動車道とロープウェイを乗り継げば、山頂までは思っていたよりもあっさりと辿り着ける。



展望台に出た瞬間、視界いっぱいに広がる光の量に、思わず足が止まった。
札幌の街を覆うように広がる光は、よくある「宝石みたいな夜景」という言葉が、そのまましっくりくるような景色だった。
石狩平野へと続くなだらかな地形に沿って、光が遠くまで連なっていく。ただ綺麗なだけじゃなくて、「街の広さ」や「人の営み」みたいなものが、そのまま見えてくるようだった。
隣では、妻と息子が同じ景色を静かに眺めている。
旅の途中でこうして夜景を見に来ることになるとは思っていなかったけど、誰かと過ごす時間の中で見る景色は、また少し違って見える気がした。
念願だった、積丹ブルーの海



北海道・積丹半島の先端に突き出す神威岬。
“積丹ブルー”と呼ばれる透明度の高い海と、荒々しい断崖が織りなす風景は、北海道の中でもひときわ印象に残る場所だ。
かつては女人禁制の地でもあり、悲恋の物語が残っているという。そんな背景もあってか、ただ綺麗なだけじゃない、どこか張り詰めたような空気が漂っているのが印象的だった。
これまで何度も北海道を旅してきたけれど、不思議とこの場所には縁がなかった。
自転車旅のときも、これまでの北海道旅でも、近くまでは来ているのにどうしてもルートに組み込みづらい場所だった。
今回も本来のルートからは少し外れていたけれど、友人宅を拠点にしていたからこそ、思い切って弾丸で往復することにした。

「チャレンカの小道」を進めば、岬の先端まで辿り着けるはずだった。けれどこの日は、途中で立ち入り禁止になっていた。
あと少し先に続いているはずの景色を前に、足を止めるしかない。長く思い描いていた場所だっただけに、ほんの少しだけ引っかかるものがあった。


でもこの鮮やかな積丹ブルーを目にして、気づけば、その気持ちもどこかへ消えていた。目の前に広がる海は、ただ青いだけじゃない。
浅瀬のエメラルドから沖へ向かって深いコバルトブルーへと変わっていく、その滑らかなグラデーションがとにかく印象的だった。
写真で何度も見てきたはずなのに、実際に目にするとまったく別物に感じる。”積丹ブルー”と呼ばれる理由を、ようやく実感できた気がする。

切り立った断崖と日本海の荒々しさ、その中にある繊細な色の変化。自然の力強さと美しさが、同時に存在しているような場所だった。
天候や時間帯によって、この色もきっと変わっていくんだと思う。そう考えると、また違う表情も見てみたくなる。




神威岬をあとにして、すぐ近くの島武意海岸へ。トンネルを抜けた瞬間、視界が一気に開けて、断崖に囲まれた入り江と透き通る海が目の前に広がった。
上から見下ろす景色も十分に美しいけれど、せっかくなのでそのまま海岸まで降りてみることにする。坂道を下りていくにつれて、海の透明度がよりはっきりとわかるようになる。
足元まで透き通った水と、丸みを帯びた石浜。さっきまで見ていた景色の中に、自分が入り込んでいくような感覚だった。

島武意海岸から戻る途中、ふと目に入った「熊出没注意」の看板。さっきまで見ていたあの青い海の余韻が、一瞬で現実に引き戻される。
こんなにも美しい景色のすぐ隣に、野生の気配が当たり前のように存在している。北海道の自然って、やっぱりどこか“人の外側”にあるものなんだなと、あらためて感じた。
回転寿司、レベル高すぎ問題



札幌に滞在となると、やっぱり外せないのが回転寿司。
北海道は海鮮が美味しいことで知られているけれど、札幌はその中でも人気店がひしめいている印象がある。今回訪れたのは、トリトン、なごやか亭、まつりやの三軒。
これまで食べてきた“ちょっと良い回転寿司”の感覚が、ここでは基準になっている。むしろそれが、当たり前みたいな顔をして流れてくる。
そして不思議なのは、そのクオリティが特定の一軒だけじゃないこと。どこに入っても、一定以上の満足が約束されているような安心感がある。

どのお店も地元客と観光客が入り混じっていて、時間帯によってはかなりの混雑。ランチの開店前に並んでおくと、一巡目で入りやすくてちょうどよかった。


カウンター越しに流れてくる一皿一皿が、どれもやけにちゃんとしている。
ネタは分厚く、鮮度は明らかで、口に入れた瞬間に“海の距離”を感じる。それは特別な一貫じゃなくて、何気なく手に取った一皿でさえ同じだった。
我が家は特にサーモンがお気に入りで、つい何皿も手が伸びてしまう。なごやか亭の「こぼれいくら」は、パフォーマンスも含めて印象に残る一皿だった。
旅の途中で整える、荷室と寒さ対策

十分に英気を養って、そろそろまた走り出そうかというタイミング。
そのとき友人が、「さすがにこの先はテント泊きつくなってくるだろうし、車中泊ベッド広げて3人で寝られるようにしたら?」と声をかけてくれた。
たしかに、ここから先は北海道の本気の寒さに近づいていく。その一言で、もう一度荷室を見直すことにした。



これまで立ち上げていた片側のアルミフレームを外し、荷室いっぱいまでベッドを拡張する。ハイエースの内装は思っている以上に曲線が多く、特に角は大きなアールを描いている。
さらにタイヤハウスの膨らみもあって、隙間なくぴったり収めるのはなかなか難しい。だからこれまでは、干渉しない範囲で箱型に組んでいた。
ここで頼りになるのが、友人の器用さだった。家にあった余りの角材を取り出して、電動サンダーで形を整えていく。削って、合わせて、また削る。
そうしてできたパーツをアルミフレームに固定し、そのままタイヤハウスの出っ張りに乗せてしまう。ぴったりとはまったとき、思わず声が出た。
まさに“拡張”という言葉がしっくりくる変化で、車中泊ベッドの面積が一気に広がった。これなら家族3人でも、なんとか眠れそうだ。

旅に出た頃はまだ残暑が厳しくて、半袖にブランケットでちょうどよかった。けれど10月の北海道は、もうすっかり冬の入口。
最低気温が10℃を下回る日も増えてきて、朝晩の冷え込みは一気に現実味を帯びてくる。そんな中で、友人が「これも持っていきな」と寝袋を貸してくれた。
コールマンのマルチレイヤースリーピングバッグ。
3枚のレイヤーを組み合わせることで、0℃近くまで対応できるらしい。これがあるだけで、この先の夜の安心感がまるで違う。
こうして少しずつ、旅の装備を整えていく。景色を巡るだけじゃなくて、こういう準備の時間もまた、この旅の大事な一部なんだと思う。
東の果てへと旅立ちを決める

友人家族と囲むあたたかい食卓と、こどもたちと過ごす穏やかな時間。
札幌を拠点に観光やごはんも楽しみながら、ただ走り続けるだけじゃない、少し違った旅のかたちに気づくことができた。
なにより印象に残っているのは、かつて同じように旅をしていた友人と、それぞれに家族ができて、こうしてまた同じ時間を過ごせたことだった。
あの頃とは違うけれど、どこか地続きのまま、時間が続いているような感覚。
気がつけば、札幌での滞在はおよそ二週間。旅のリズムを少しだけ緩めたこの時間が、次に進むための余白になっていた気がする。
旭岳ではすでに初冠雪の知らせが届き、季節は確実に冬へと向かっていた。この先は、さらに冷え込んでいく。
それでも、いや、だからこそ。
次に目指すのは、日本最東端、納沙布岬。
東の果てへ。また少しずつ、走り出す。

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