
旅は、特別な出来事の連続だと思っていた。けれど家族で長い時間をかけて走ってみると、少し違う景色が見えてくる。
観光地を巡るだけではなく、食事をして、眠って、また走る。そんな日々の繰り返しが、いつの間にか旅そのものになっていく。
この旅では、車に日常を積み込み、北海道をゆっくりと巡った。絶景の道を走る日もあれば、小さな町で足を止める日もある。
予定通りに進むこともあれば、思いつきで引き返すこともあった。それでも振り返ってみると、どの時間も確かに旅だったと思う。
これは、家族で過ごした「暮らすように旅する北海道」の記録である。




札幌での穏やかな時間を経て、再び東へと走り出す。目指すのは、日本最東端・納沙布岬。
道中で出会うのは、道東ならではの静かな絶景と、この土地に根付いた食の魅力、そして旅人をやさしく受け入れてくれる場所たち。
ひとつひとつを拾い集めるように進んだ先で、たどり着いた“最果て”。
その先にあったのは、終わりではなく、静かに続いていく旅の余韻だった。
再び走り出す、東の果てへ


二週間近く滞在させてもらった札幌の友人宅を後にし、再びハイエースを走らせる。少しの寂しさと、それ以上の高揚感を胸に、進路は東へ。
この旅でどうしても辿り着きたかった場所のひとつ、納沙布岬。日本の“いちばん東”へ向かう道のりが、ここからまた始まる。
長旅で溜まっていた疲れは、札幌での穏やかな時間のおかげですっかり抜けていた。体も気持ちも軽くなり、どこまでも走っていけそうな感覚さえある。
とはいえ、季節はすでに10月の後半。朝晩の空気はひんやりと冷たく、北海道の秋が終わりに近づいていることを静かに告げていた。
道東へと近づくにつれ、遠くに見える山々はうっすらと白く染まりはじめる。阿寒岳や阿寒富士の稜線には雪が積もり、秋と冬の境目のような景色が広がっていた。
あまりゆっくりしすぎると、平地にも雪が降りてきそうな気配。このタイミングを逃せば、また景色は大きく変わってしまう。そんな焦りにも似た感覚が、自然とアクセルを踏ませる。
札幌からは少し北へと進み、芦別、富良野、そして帯広へ。最短距離をなぞるだけの移動ではなく、その道中にある風景や食を拾い集めるように進んでいく。
旅の夜を支えてくれた、道の駅たち


東へ進む日々のなかで、自然と増えていったのが道の駅での車中泊だった。
札幌での滞在中に友人が手伝ってくれたベッドの拡張のおかげで、ハイエースの中でも家族三人がなんとか横になれる空間ができた。
限られたスペースではあるけれど、それでもしっかりと体を休められる場所があるというのは、旅を続けるうえで大きな支えになる。
10月も後半に差しかかると、北海道の無料キャンプ場は次々とシーズンを終えていく。
行こうと思っていた場所がすでに閉鎖されていることも珍しくなく、そのたびにルートを見直しながら進んでいた。
そんな中で頼りになったのが、各地に点在する道の駅だった。帯広や音更、士幌といった十勝エリアの道の駅は、どこも驚くほど広くて清潔感がある。
ただ休憩するための場所というよりも、旅の拠点として安心して身を預けられる空間が整っていた。

中には車中泊専用の駐車スペースが用意されている場所もあり、その存在には正直驚かされた。
利用するにはスマートフォンや備え付けの用紙で簡単な申請をするだけ。しかも料金は無料で、誰でも気軽に使うことができる。
こうした仕組みは他の地域ではあまり見かけないもので、北海道という土地の懐の深さを感じずにはいられなかった。
思い返せば、自転車で旅をしていた頃から、この土地にはどこか旅人を受け入れてくれる空気があった。広大な自然だけでなく、人や場所の在り方そのものが、移動を続ける者にとって優しくできている。
夜になると、静かな駐車場にぽつぽつと灯りがともる。同じように旅を続ける車たちが、それぞれの一日を終えて休んでいる。
そんな光景のなかに身を置いていると、不思議と心が落ち着いていく。道の駅は、ただの通過点ではなく、この旅の夜を静かに支えてくれる存在になっていた。
小さな家族連れでも安心できる施設



道の駅をいくつか巡るうちに感じたのは、単なる休憩施設という枠を超えた「やさしさ」のようなものだった。
特に印象的だったのは、子ども連れへの配慮の細やかさ。
施設の一角にはCombiのおむつ交換台が設置され、子育て応援の自販機も並んでいる。こうした設備が自然に整えられている光景に、思わず足を止めた。
その中でも、ひときわありがたさを感じたのが授乳専用の給湯器だった。調乳に適した70度台に設定されていて、ボタンひとつですぐに使える。
これまではジェットボイルでお湯を沸かし、保温ボトルに入れて持ち歩くのが基本。そこからさらに水を足して温度を調整する必要があり、そのひと手間が意外と難しかったりする。
けれどここでは、そんな工程をすべて飛び越えて、必要な温度のお湯がすぐに手に入る。しかも無料で利用できるというのだから、そのありがたみは想像以上だった。



さらに十勝地方の道の駅では、キッズスペースの充実ぶりにも驚かされる。
年齢ごとに分けられたスペースには、絵本や遊具がしっかりと用意されていて、ただ時間を潰す場所ではなく、子どもが安心して過ごせる空間になっている。
赤ちゃんを連れての移動は、思っている以上に気を遣う。ベビーカーでは動きづらい場面も多く、通路の広さや人の流れを考えると、結局抱っこで過ごす時間も長くなりがちだ。
そんな中で、ほんの少しでも子どもを自由にさせてあげられる場所があること。それだけで、親の負担はずいぶんと軽くなる。
道の駅という場所が、移動の途中で立ち寄るだけの存在ではなく、家族連れの旅をしっかりと支えてくれている。そのことを、こうした設備のひとつひとつから実感していた。
長旅でも身軽に整えられる安心感


旅を続けるなかで、じわじわと積み重なっていくものがある。それが、日々の生活の中で生まれるごみだった。車中泊をしていると、その処理は意外と悩ましい問題になる。
細かなごみは、買い物や食事で立ち寄った施設にお願いすることもあるけれど、すべてをその場で処理できるわけではない。
スーパーやコンビニで購入した食料や飲み物も、すぐに空になるとは限らない。気づけば車内の隅に少しずつ溜まっていき、次のタイミングを待つように存在感を増していく。
そんな中で出会ったのが、ごみの引き受けサービスだった。
施設内にはあえてゴミ箱を設置せず、その代わりに指定の袋を購入することで、正式にごみを引き取ってもらえる仕組みになっている。
一見すると少し不便にも感じられるこの方法だけれど、実際に利用してみると、その意図が自然と伝わってくる。
無秩序に溢れてしまうゴミ箱を置かないことで、施設全体の景観は保たれ、利用する側も“どう処理するか”をきちんと考えるようになる。
これまで各地の道の駅やサービスエリアで、いっぱいになったゴミ箱の光景を何度も見てきた。
だからこそ、この仕組みは単なる制限ではなく、場所を大切に使うためのひとつの工夫のように感じられる。
長く旅を続けるほどに、こうした小さな仕組みのありがたさが身に染みてくる。
身の回りを整えながら進んでいけるという安心感が、次の目的地へ向かう気持ちを、静かに支えてくれていた。
覗き込むように出会う道東の風景

北海道のなかでも、とりわけ道東の風景は印象深い。派手さで惹きつけるというよりも、静けさの中にある美しさがじわりと心に残っていく。
特に池や湖の存在は、この土地の魅力を象徴しているように感じる。透き通る水と、周囲の自然が織りなす色彩は、全国を見渡してもそう多くはない景色だと思う。
今回の旅では、時間の都合もあって多くを巡ることはできなかった。
それでも、いくつかの場所を辿るだけで、この土地の持つ豊かさは十分すぎるほど伝わってくる。目の前に広がる風景に、ただ静かに向き合う。
そんな時間の積み重ねが、道東という場所の記憶を、より深く刻んでいく。
音も風も止まるような、秋の静かな湖


音も風も止まってしまったかのような、静けさに包まれた湖。
この場所こそ、ぼくが湖の魅力に取り憑かれるきっかけとなった、オンネトーだ。時間や天候によってその表情を大きく変えることから、“神秘の湖”とも呼ばれている。
アイヌ語で「老いた沼」を意味するこの湖は、どこか落ち着きと深みを感じさせる、不思議な存在感をまとっている。
四季や時間帯によって移ろう水の色は、訪れるたびにまったく違う印象を与えてくれる。
この日は曇天ということもあり、鮮やかさはやや控えめだったものの、そのぶん全体がしっとりとまとまり、静かな美しさが際立っていた。
雪化粧をした山々と、色づき始めた紅葉。そして、穏やかな湖面。派手さはなくとも、ここには確かに心を引き込むだけの魅力があった。


すぐ近くにはキャンプ場があり、一日を通してオンネトーの空気を感じながら過ごすことができる。
オンネトー野営場は、日本百名山である雌阿寒岳の登山拠点としても知られ、多くの登山者で賑わう場所でもある。
久しぶりに訪れてみると、駐車場には新しくアウトドアショップができていて、レンタルサービスやコインシャワーなども整備されていた。
以前よりもずっと利便性が高まり、より多くの人がこの場所を楽しめるようになっている。今回は宿泊こそしなかったけれど、次に来るときはここでゆっくりと時間を過ごしてみたい。
吸い込まれる蒼をたたえた、神秘の池



北海道を代表する美しい水辺のひとつ、神の子池。
熊出没注意の看板は各地で見かけるものの、この場所にはひときわ“出そうな気配”が漂っていて、森の奥へ足を踏み入れる前からどこか緊張感があった。
以前訪れたときにはなかった立派な遊歩道が整備されており、オンネトーと同じように、知名度が上がるにつれて人の手が入っていく様子を感じる。
バリアフリー化が進み、多くの人がこの景色に出会えるようになったことは素直に嬉しい反面、観光客の増加によるマナーの問題や景観への影響など、どこか複雑な気持ちも残った。

神の子池は摩周湖の伏流水が湧き出してできたとされる神秘の池で、驚くほど透き通ったコバルトブルーの水をたたえている。
水中に横たわる倒木は朽ちることなく、そのままの姿を保ち続けていて、まるで時間が止まってしまったかのようだ。
音さえ吸い込まれてしまいそうな静寂の中で、その蒼を見つめていると、ただそこに立っているだけで息をのむような美しさに包まれていく。
湖の向こうに移ろう、星空と朝焼けの光景



全国でも屈指の絶景として知られる美幌峠。
その名の通り「ぐるっとパノラマ美幌峠」からは、眼下に広がる屈斜路湖を大きく見渡すことができる。
季節や時間帯によって表情を変えるこの場所は、朝日や星空、そして夏には雲海の名所としても知られ、北海道のスケールを全身で感じられる特別な場所だ。

この日はそのまま車中泊をして、夜の美幌峠へ。
空を見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。肉眼でもはっきりと天の川が浮かび上がり、静寂の中でただ空に吸い込まれていくような感覚になる。
駐車場から展望台までは歩いて数分という気軽さもあり、この環境でこの星空を楽しめるのは本当に贅沢だと感じた。



やがて夜がゆっくりとほどけていき、東の空がわずかに色づき始める。深い青からオレンジへと移ろうグラデーションの中で、湖の向こうから光が差し込み、景色は一変する。
標高525mの峠から見下ろす屈斜路湖と、その先に連なる山々が朝焼けに染まり、まさに“パノラマ”という言葉がぴったりの光景が広がっていく。
夜の静けさから、光に満ちていく朝へ。
この一連の時間を同じ場所で体験できるのが、美幌峠のいちばんの魅力かもしれない。道東を訪れるたびに、気づけばここで一泊してしまう——そんな特別な場所だ。
いつかは夏に訪れて、雲海に包まれる景色も見てみたいと思う。
旅の途中で、心を満たしてくれた味

旅の途中で味わった食もまた、心を満たしてくれる大きな魅力のひとつだった。
北海道といえば海鮮のイメージが強いけれど、十勝地方に足を運んでみると、その印象は少し変わる。広大な大地に支えられた畜産や野菜、小麦といった恵みが豊富。
食料自給率はなんと1,000%を超えるともいわれている。がっつりとした食事や、素材の力を感じる甘味が好きな人にとっては、まさにたまらないエリアだろう。
そんな十勝の魅力にすっかり惹かれた僕たちは、この旅の途中で、お気に入りの味をたどるように巡っていくことになった。
炭の香りに包まれる、帯広の豚丼

十勝を代表するご当地グルメといえば、やっぱり帯広の豚丼。市内には数多くの有名店がひしめく中で、僕たちが足を運んだのが、「豚丼のかしわ」だった。
はじめて訪れたのは、まだ更別村で「レストハウスかしわ」として営業していた頃。
その後、帯広市内へと移転したけれど、こうしてまた同じ味に会いに来られたのは、なんだかちょっと特別な気分だった。
このお店を知ったきっかけは、昔の自転車旅。資金を稼ぐために長芋掘りのバイトをしていたとき、知り合った農家さんに教えてもらったのが始まりだった。


炭火でじっくり焼き上げられた豚肉は、ひと口目から香ばしさが広がる。甘辛いタレがしっかりと絡み、ご飯をかき込む手が止まらない。
ロースや肩ロース、バラなど、その日状態の良い部位を選んでいるというのも納得の美味しさだった。移転しても変わらない味に、思わずホッとする。
こういう“記憶と一緒に残っている味”って、やっぱりいい。ちなみに十勝の豚丼には、炭火焼きとフライパン焼きの2種類がある。
我が家は断然、炭火派だ。お店選びのときは、どちらのスタイルか事前にチェックしておくと、満足度がぐっと変わると思う。
地元に根付く、飾らない味のカレー


十勝・帯広エリアを中心に展開する「カレーショップ インデアン」は、観光客向けというよりも、完全に“地元の生活に溶け込んでいる店”という言葉がしっくりくる存在だ。
ルーは「インデアンルー」「ベーシックルー」「野菜ルー」の3種類。どれも奇をてらった味ではなく、毎日でも食べられるような、どこか安心感のある美味しさがある。
実際、帯広を拠点に農業バイトをしていた頃は、ほぼ毎日のように夕食で通っていた。気取らない味なのに、不思議と飽きない。
むしろ、気づけばまた食べたくなっている、そんなカレーだった。
自分の定番は「インデアンカツ」にチーズをトッピング。コクのあるルーにサクサクのカツ、そこにとろけるチーズが重なって、シンプルなのにしっかり満足感がある。
トッピングの種類も豊富なので、自分なりの組み合わせを見つける楽しさも、この店の魅力のひとつだと思う。

そして印象的なのが、ルーのテイクアウト文化。鍋を持参して訪れる地元の人たちが、次々とルーを持ち帰っていく光景は、この地域ならではのもの。
自分たちも友人宅から大きな鍋を借りて持ち帰り、みんなでシェアした。観光地の“名物グルメ”とは少し違う、日常の延長にある美味しさだ。
並んででも手に入れたい、あの切れ端


十勝には有名な菓子店やケーキ店が数多くあるけれど、その中でも代表格のひとつが柳月。その本拠地とも言えるのが、ここ「スイートピアガーデン」だ。
工場併設のこの施設は、ただのお土産屋ではない。カフェに庭園、さらにはお菓子作り体験や工場見学まで楽しめる、まるで“お菓子のテーマパーク”のような場所になっている。
看板商品は、白樺の木肌を模したチョコレートが印象的なバウムクーヘン「三方六」。施設の前には、その巨大なベンチまで置かれていて、人気のほどがひと目で伝わってくる。



そんな三方六だが、併設された工場で毎日作られていて、その製造過程で生まれる切れ端が、早朝から個数限定で販売されている。
これがとにかく人気で、開店前から整理券が配られ、気づけば長蛇の列。それもそのはず。プレーン味は1kgで550円という、ちょっと信じられない価格設定。
さらに、この日は季節限定の「魔女のパンプキン」も並んでいた。日によってラインアップが変わるので、訪れるたびに組み合わせが違うことが多い。
ギリギリで順番が回ってきて、なんとか無事に手に入れたときのあの安堵感と高揚感。無料のドリンクサービスを片手に、ちょっとした祝杯みたいに頬張る時間が、なんとも贅沢だった。
“ただのお菓子の切れ端”のはずなのに、並んで、待って、ようやく手にしたその一袋には、しっかりと旅の記憶が詰まっていた。
どか盛りでも、確かな味と満足感


釧路で“ガッツリ系グルメ”といえば、やっぱり外せないのが南蛮酊。
テレビでも何度も取り上げられている有名店で、店内に入ると壁一面に並ぶ著名人のサインがまず目に入る。
昔ながらの定食屋のような飾らない空気感で、観光客と地元の人が自然に混ざり合っているのも、この店らしいところだ。
昼どきは普通に行列ができることもあるので、少し時間をずらして訪れるのがちょうどいい。


ここでまず食べたいのが、名物の「ザンタレ」。北海道でいうザンギ(唐揚げ)に、甘辛いタレをたっぷりとかけた一皿だ。
ひと口かじると、衣は軽やかにサクッとしていて、中は驚くほどジューシー。その上から絡むタレがしっかり濃いのに嫌な重さがなく、気づけばご飯をかき込んでいる。
シンプルな組み合わせなのに、妙に記憶に残る味わいだ。
しかも皿から溢れそうなほどのボリュームで、見た目のインパクトも十分。もし食べきれなくても持ち帰りができるので、気負わず頼めるのもありがたい。

そしてもうひとつ、個人的に外せないのがカツ丼。しっかり揚げられた分厚いとんかつに、あのザンタレ譲りの甘辛ダレとたまごを絡めてご飯に乗せるスタイル。
一見するとかなりパンチのある仕上がり。でも実際に食べてみると、濃いめなのに不思議とくどさはなく、最後までちゃんと食べ切れてしまうバランスの良さがある。
サクッとした衣の部分と、タレが染みたしっとりした部分のコントラストも心地いい。
どのメニューも例外なくボリューム満点。だけどただ多いだけじゃなく、ちゃんと「また食べたい」と思わせる味がある。
がっつり食べたいとき、この店はかなり頼りになる一軒だ。
日本最東端、納沙布岬に立つ

そして旅に出てから、およそ3,000km。ついに日本最東端の地、納沙布岬にたどり着いた。
目の前に広がるのは、どこまでも続く空と海。ただそれだけの景色なのに、不思議と特別に感じるのは、ここが「端」であるという事実があるからだろう。
北海道の10月は、もう秋の終わりに差し掛かっていて、吹き抜ける風は想像以上に冷たく、肌に刺さるようだった。
この場所は、今回の旅のもうひとつの到達点。むしろ「最終目的地」と言ってもいいくらいの存在だ。
最北端の宗谷岬で感じたのが、旅の高揚感だったとするならば、ここ納沙布岬で感じたのは、どこか静かな旅の終わりの気配だった。





岬に立つ灯台の向こうには、歯舞群島の島々や国後島といった北方領土の姿が、肉眼でもはっきりと見える。
距離としては近いはずなのに、その間にある歴史や現実の重みが、景色に独特の緊張感を与えていた。
隣接する望郷の岬公園には、資料館や返還を願うモニュメントが点在していて、ただの絶景スポットとは少し違う空気が流れている。
この日は観光客の姿もほとんどなく、静まり返った園内に、夕暮れの光が差し込む。その光景が、いっそう物悲しさを引き立てていた。

それでも、せっかくここまで来たなら、やっぱり手に入れておきたいものがある。
日本本土四極到達証明書と、最東端到達証明書だ。
一人旅のときにも一度は手にしていたけれど、今回は家族での到達。その意味はまったく違う。妻と息子は、これで北海道の最北と最東を制覇したことになる。
大阪からほとんど陸路でここまで来た道のりを思い返すと、じわじわと込み上げてくるものがあった。

そして、ここから旅は折り返しへ。本当なら、日本で最も早く朝日が昇るこの場所で一泊して、その瞬間を見届けたい気持ちもあった。
でも想像以上の冷え込みに、それは現実的ではなかった。帰り道にはまだ立ち寄りたい場所もある。そんな理由もあって、少しペースを上げて西へ向かうことにした。
夕暮れの中、静かにエンジンをかけて、再び走り出した。
最果ての余韻を抱えて、静かな朝へ



夜道を走り続けて辿り着いたのは、霧多布(きりたっぷ)岬だった。広大な草原には野生馬が静かに草を食み、その向こうにはどこまでも続く海と空が広がっている。
霧の名を持つこの場所も、季節はすでに秋。空気は驚くほど澄み渡り、遠くまで見通せる朝だった。


ここに足を運んだのは、近くに温泉と無料キャンプ場があるからだ。けれどシーズンはすでに終わり、あてにしていた場所は閉ざされていた。
思いがけず少しの予定変更。でも結果的には、それがこの朝へと繋がっていたのだと思う。



その朝の景色を思い返すように、記憶を少しだけ巻き戻してみる。
キャンプ場の代わりに見つけた、霧多布岬の展望駐車場に車を停め、そのまま車中泊。夜明け前に目を覚ますと、空はゆっくりと色を変えはじめていた。
マジックアワーに包まれた岬にいるのは、我が家のハイエースただ一台。音のない世界の中で、ただ光だけが静かに広がっていく。
地平線と水平線、そのどちらもが同時に存在するこの場所で、北の大地のスケールを全身で感じる。やがて、空と海のあいだから太陽が顔を出す。
その瞬間、世界が一気に輝きを増す。言葉にすればありふれてしまうような景色なのに、その場に立つと、ただ息をのむことしかできなかった。
自然の偉大さを、こんなにも身近に感じられる。それこそが、車中泊の旅のいちばんの贅沢なのかもしれない。
先を急ぐ旅のはずなのに、心のどこかではまだ、この場所に引き留められているような感覚があった。東の果てで出会った景色や空気が、簡単には離れてくれない。
それでも、旅は続いていく。
この静かな朝の余韻を抱えたまま、僕たちは再び西へと走り出した。

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