暮らすように旅する北海道|第六章:煌めく函館の夜と、その先へ続く旅路

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旅は、特別な出来事の連続だと思っていた。けれど家族で長い時間をかけて走ってみると、少し違う景色が見えてくる。

観光地を巡るだけではなく、食事をして、眠って、また走る。そんな日々の繰り返しが、いつの間にか旅そのものになっていく。

この旅では、車に日常を積み込み、北海道をゆっくりと巡った。絶景の道を走る日もあれば、小さな町で足を止める日もある。

予定通りに進むこともあれば、思いつきで引き返すこともあった。それでも振り返ってみると、どの時間も確かに旅だったと思う。

これは、家族で過ごした「暮らすように旅する北海道」の記録である。

気づけば、北海道で過ごす時間も残りわずかになっていた。

北の果てから東の端へと走り抜け、積み重ねてきた日々は、いつの間にか「旅」というよりも「暮らし」に近いものへと変わっていた。

そんな時間に区切りをつけるように、僕たちは函館へと向かう。旅の締めくくりとして選んだのは、少しだけ特別な夜。

そしてその先には、再び海を渡る帰路が待っている。

北の大地を離れ、その先へ――静かに、旅は次の段階へと進んでいく。

目次

別れのあと、静かに南へと車を走らせる

札幌の友人宅でくつろぐ妻と息子

霧多布岬をあとにしてからは、大きな寄り道もせず、西へと車を走らせた。目指したのは、友人家族の暮らす札幌の家。

この旅では三度目の訪問になるその場所は、もはや旅の途中の立ち寄り先というより、どこか帰ってきたような安心感すらある場所だった。

いつ顔を出しても変わらず迎えてくれることが、どれほどありがたいことかを、こうして長い旅の途中に実感する。

道中、疲れもあって行き先を少し変えようかと考えたこともあった。

けれど、あのとき背中を押してくれた言葉があったからこそ、結果的にこの旅で目指していた場所のほとんどを巡ることができた。

なかでも、宗谷岬と納沙布岬。日本の北と東、その最果てに家族で立てたことは、この旅の中でも特別な意味を持つ出来事だった。

再会の時間はあっという間に過ぎていく。

次にいつ会えるかはわからないけれど、また必ず、と言葉を交わし、僕たちは再び走り出した。北海道を巡る旅はいよいよ、終わりに向かっていく。

支笏湖畔沿いの道路、紅葉に色づく山と青い空
紅葉の山々と支笏湖、青い湖面を眺める妻と息子の後ろ姿

札幌を出てからは、支笏湖を経由し、洞爺方面へと抜けていくルートを選んだ。すでに湖畔には紅葉が広がりはじめていて、深い青をたたえた湖面とのコントラストが美しい。

本当なら、美笛キャンプ場でゆっくりと過ごしたかった。

けれど、すでに営業期間は終わっていて、その願いは叶わなかった。少しだけ残念に思いながらも、またいつか夏に訪れる理由ができたとも思う。

そのときは、自前のカヤックを持ち込んで、湖の上からこの景色を眺めてみたい。

ハイエースの車中泊ベッドで眠る息子
早朝の道の駅とうや湖の駐車場から見る冠雪した羊蹄山とハイエース
道の駅とうや湖の展望台からの眺め、洞爺湖に浮かぶ中島と手前には紅葉する木々

この日は洞爺湖方面へと進み、「道の駅とうや湖」で車中泊をすることにした。洞爺湖周辺は全体的に車中泊にはあまり向かない雰囲気があるものの、ここだけは例外的な存在だ。

温泉街から少し離れていることもあってか、特に制限の掲示はなく、駐車場も広く静かで落ち着いて過ごすことができる。

旅人にとっては、こういう場所があるだけで安心感がまるで違う。

敷地内の展望台からは、洞爺湖と中島を見下ろすことができ、ちょうど見頃を迎えた紅葉が景色に彩りを添えていた。そして、ふと視線を上げれば、冠雪した羊蹄山の姿。

端正なその佇まいは、蝦夷富士と呼ばれるのも納得の美しさで、何度見ても見飽きることがない。

かつてこのあたりに住んでいたこともあり、この景色にはどこか懐かしさも重なっていた。

味の一平の店内からカウンター越しに店主の後ろ姿
味の一平の室蘭やきとりのタレ味

洞爺に来たなら、やはり立ち寄らずにはいられない場所がある。「味の一平」だ。

この旅では二度目の訪問になるけれど、それでもやっぱり食べたくなる味。変わらない美味しさに、どこかほっとする。

こうしてお気に入りの場所に再び立ち寄りながら進む時間も、旅の終盤ならではの過ごし方かもしれない。

北海道を離れる前に、この味をもう一度、という気持ちが自然とこのルートを選ばせていた。食事を終えたあとは、内浦湾の海沿いをなぞるように走り、函館方面へ。

長い営業期間に救われた、道南の滞在拠点

リアゲートを開けたハイエースの車内に妻と息子、そばにはランタンが灯るモンベルステラリッジテント

函館に入ってからも、すぐに港へ向かうことはしなかった。

旅の終わりが近づいていることを感じながらも、もう少しだけこの土地に留まっていたくて、いくつかのキャンプ場を渡り歩くことにした。

函館周辺のキャンプ場は、北海道では珍しく11月上旬まで営業している場所が多い。

後半はテントを張れない日々が続いていたこともあって、久しぶりに過ごす野宿の夜は、冷え込みの中にありながらもどこか心地よく感じられた。

吐く息の白さや、ランタンの灯りに包まれる時間。そうしたひとつひとつが、静かに旅の記憶を積み重ねていく。

渓谷の紅葉と、温泉に包まれる時間

ホテルひろめ荘、南かやべ保養センターの入り口にある大型看板
函館市南茅部河川公園のそばにある渓流、紅葉した木々に囲まれている
函館市南茅部河川公園に駐車するハイエースとそばに設営したテント、背景の紅葉した山だけに光が当たる

いつもなら通り過ぎてしまいがちな、道南の太平洋側を辿るルートを選んだ。そして内陸部に進んだ先にある、南茅部河川公園で一夜を過ごした。

ここは観光の流れの中ではなかなか立ち寄ることのない立地にある。それでも、無料で利用でき、徒歩圏に入浴施設もあるという気軽さがある。

サイトの一部は駐車場に隣接していて、車を横に置いたまま過ごすこともできた。

すぐそばには澄んだ渓流が流れ、周囲の木々はちょうど見頃を迎えた紅葉に染まっている。赤や黄色に彩られた風景は、どこか現実感を失うほどに美しく、強く印象に残る時間だった。

車を横付けできる、山間の静かな場所

湯の沢水辺公園の入り口に設置された大型看板
紅葉した山々に囲まれた湯の沢水辺公園、車中泊明けのハイエースとそばには小型テント
中央には湯の沢水辺公園の奥に駐車するハイエース、手間には木々の木陰と芝生が広がる

北斗市の山間部にある湯の沢水辺公園も、同じように静かな時間が流れていた。車の横付けができる無料のキャンプ場で、周囲には住宅や商業施設もなく、人の気配はほとんどない。

少し不自由ではあるけれど、必要なものを揃えてしまえば、その不便ささえも気にならない。

国道からも離れているため、聞こえてくるのは風や木々の音ばかりで、ただ静かに時間が過ぎていく。函館市街地まで40分ほどという距離感も、拠点としてはちょうどいい。

観光と滞在を行き来しながら、落ち着いた時間を過ごすことができた。

きじひき高原から見下ろす、静かな夜景

きじひき高原キャンプ場の入り口に設置されている大型看板
きじひき高原キャンプ場から紅葉した山々の眺め
青空が広がるきじひき高原キャンプ場の開放的なサイトからの眺め
ハイエースのミラーに寝袋が干されている側面からの眺め、奥には大型のキャンピングカー

そして旅の終盤に選んだのが、きじひき高原のキャンプ場だった。

標高およそ400メートル。函館山や津軽海峡、駒ヶ岳や大沼までを一望できるこの場所は、条件が揃えば雲海が広がることもあるという。

オートサイトは1張1泊320円、バンガローでも1棟2,130円と、思わず驚くほどの手頃な料金設定も、この場所の大きな魅力のひとつだ。

こうした気軽さもあって、多くの人に親しまれている理由がよくわかる。

きじひき高原キャンプ場から眺める夜景、両側には木々のシルエットと中央には函館山が見える

日が傾き、空の色がゆっくりと変わっていく頃。最上段のサイトから見下ろす函館の街に、ぽつりぽつりと灯りがともりはじめる。

やがてその光は面となり、静かに広がっていく。その様子をただ眺めているだけで、時間の流れさえもゆるやかに感じられた。

この見晴らし公園は車の乗り入れができず、荷物を抱えて登る必要がある。そのひと手間は決して楽ではないけれど、それを越えた先にある景色は、それ以上の価値を持っている。

今回は利便性を優先してオートサイトを利用したが、いつかは最上段のテントサイトに泊まり、函館の夜景を眺めながら過ごしてみたい。

函館で過ごす、ラッピに満たされる日々

ラッキーピエロの各店舗の位置を示す、大型の案内看板
ラッキーピエロの店舗前に設置されている、ラッキーくんと記念撮影する妻と息子

函館周辺に滞在していた間の食事は、気づけばほとんどがラッキーピエロだった。バーガーのイメージが強いけれど、定食や丼、麺類まで幅広いメニューが揃っている。

せっかくの機会なので、これまであまり手を出してこなかったメニューにもいろいろと挑戦してみることにした。

ラッキーピエロ森町赤井川店の外観
ハセガワストアに隣接する、ラッキーピエロベイエリア本店の外観
ラッキーピエロマリーナ末広店の外観
ラッキーピエロマリーナ末広店に設置された、巨大チャイニーズチキンバーガーのオブジェ

定番の森町赤井川店から始まり、ベイエリアを中心に函館市街地の店舗をいくつか巡ってみる。

マリーナ末広店には巨大なチャイニーズチキンバーガーのオブジェもあり、思わず足を止めてしまった。

店舗ごとに内装や雰囲気が大きく異なっていて、食事をしながらちょっとした観光気分も味わえるのが面白いところだ。

ラッキピエロのラッキーエッグバーガー

不動の人気No.1はチャイニーズチキンバーガーだが、今回はあえてNo.2のラッキーエッグバーガーを注文してみた。

ハンバーグに目玉焼き、オニオンとトマトという王道の組み合わせ。

癖のない味わいながら、しっかりとしたボリュームがあり、チェーン店のハンバーガーとは思えないほどの満足感がある。社長の好物というのも頷ける。

ラッキピエロのチャイニーズチキン二段のり弁当L
ラッキーピエロのチャイニーズチキンハンバーグステーキ
ラッキーピエロのエビチキン丼

その一方で、定食や丼といったジャンルにも積極的に手を伸ばしてみた。

のり弁は白身フライの代わりにチャイチキが乗せられていて、甘辛いタレと半熟の目玉焼きがご飯によく合う。

「チャイチキはご飯に合うのでは?」という予想は、ひと口で確信に変わった。

ハンバーグステーキは肉厚で食べ応えがあり、上にはホワイトソース。オニオンリングやフライドポテトも添えられていて、見た目通りかなりジャンキーな一皿だ。

エビチキン丼はエビフライの卵とじにチャイチキが加わるという、主張の強い組み合わせ。そのインパクトに思わず笑ってしまうが、食べてみると不思議とまとまりがある。

ラッキーピエロの焼きカレー

そして個人的に一番ハマったのが、この函館焼きカレーだった。

たっぷりのチーズに半熟卵が乗せられ、熱々で提供される一皿。カレー風味のグラタンのような味わいで、見た目以上に食べ応えがある。

「MYカレーアイデアコンテスト」で金賞を受賞したというのも納得の美味しさで、考案した人には拍手を送りたくなる。

ラッキーピエロ人見店
ラッキーピエロ人見店の塩ラーメン

さらに店舗限定メニューもあり、人見店では塩ラーメンを注文してみた。

一般的な函館の澄んだ塩スープとは異なり、豚骨の旨味が効いた白湯スープが特徴的。揚げたゆで卵が入るなど、細かなところにオリジナリティが光る。

創業前に営んでいた中華料理店の流れを感じさせるメニュー構成で、チャーハンや餃子といった中華系の料理も楽しめるのが面白いところだ。

あんかけ焼きそばも人気らしく、次に訪れたときの楽しみに取っておきたい。

これだけ通っても、まだまだ食べきれないほどメニューは豊富だった。また北海道に来たときには、改めてラッピ巡りを楽しみたいと思う。

北海道を締めくくる、ご褒美の一夜

夜金森赤れんが倉庫軍前に停車するタクシー、濡れた路面に街灯が反射し奥にはラビスタ函館ベイが見える
ラビスタ函館ベイのエントランス

納沙布岬から足早に進んだのに、道南で何泊か滞在したのには実は理由がある。

北海道を締めくくる最後は、家族でちょっと豪華なホテルで一泊しようと約束していたからだ。ラビスタ函館ベイは、函館ベイエリアの中心に位置する人気ホテルだ。

ラビスタ函館ベイのダブルベッド
ラビスタ函館ベイの客室から眺める夜のベイエリアの街並み

客室は大正ロマン風のクラシカルな雰囲気。落ち着いた色合いと重厚感のあるインテリアが、どこか非日常を感じさせてくれる。

大きな窓からはベイエリアの街並みを見下ろすことができ、函館山の姿も望める。

金森赤レンガ倉庫や函館山ロープウェイ乗り場など、主要観光地へのアクセスも良く、観光の拠点として使いやすい立地が魅力だ。

オレンジに染まる、赤れんが倉庫

夜金森赤れんが倉庫軍前に停車するタクシー二台、街灯が濡れた路面に反射する
夜のBAYはこだての外観、赤と緑の草に覆われた壁面が街灯に照らされる
夜の函館の金森赤れんが倉庫前の通路
夜の金森赤れんが倉庫前をベビーカーを押しながら歩く妻、窓からの灯りに照らされる

日没後は函館ベイエリアを歩いた。港町ならではの開放感と異国情緒が入り混じるこのエリアは、ただ歩いているだけでも楽しい。

金森赤レンガ倉庫にはショッピングやカフェ、レストランが並び、夜になるとライトアップによって街全体が柔らかなオレンジ色に包まれる。

雨上がりの路面に光が反射し、昼間とはまったく違う表情を見せてくれた。

扇状に広がる、函館の夜のきらめき

函館山展望台、ライトアップされた「HAKODATE ROPEWAY」
函館山山頂駐車場の駐車規制中を表す看板

函館観光といえば外せないのが函館山の夜景だ。ロープウェイで上がるのが一般的だが、規制時間外であればマイカーで登ることもできる。

この時間帯は比較的観光客も少なく、静かに夜景を楽しみたい人にはおすすめ。

函館山展望台の階段付近から夜景を見下ろす妻のシルエット
函館山展望台から眺める扇状に広がる夜景
函館山から眺める夜景、扇の中心部分にやや寄った構図

標高334mの山頂から見下ろす景色は、海に挟まれた独特の地形によって、街の灯りがくびれた帯のように扇状に広がるのが特徴だ。

いわゆる「100万ドルの夜景」とも呼ばれ、かつては世界三大夜景のひとつとも言われていた。暗い海がしっかりと輪郭をつくるからこそ、街の灯りがより一層際立って見える。

北海道に住んでいた頃に何度か訪れた場所だけど、こうして改めて見るとやっぱり変わらず美しかった。

いくらかけ放題、ホテル自慢の朝食

ラビスタ函館ベイの朝食バイキング会場、北の番屋で品物を取る宿泊者達
ラビスタ函館ベイの朝食バイキング会場、多くの席が埋まっている

ホテルで過ごす夜が明けて、お楽しみの朝食タイム。ラビスタ函館ベイといえば、この朝食を目的に宿泊する人も多いことで知られている。

会場となる「北の番屋」は、海の幸を中心としたバイキングスタイル。到着した頃にはすでに多くの宿泊者で賑わっていた。

ラビスタ函館ベイの朝食バイキング会場、北の番屋の海鮮丼コーナー
ラビスタ函館ベイの朝食バイキング会場、北の番屋の名物いくらかけ放題
具がたくさん盛られた海鮮丼

一番の目玉はやはり海鮮。炙り焼きや刺身の切り身など種類も豊富で、好きな具材を自由に盛り付けて“勝手丼”を作ることができる。

なかでも北海道産のいくらが食べ放題というのはやはりインパクトが大きい。粒も大きく、しっかりとした味付けでご飯が進む美味しさだ。

イカや甘エビ、マグロなどを思い思いに盛り付けて、自分だけの一杯を作る時間も楽しい。見た目にも華やかで、つい欲張ってしまうのも無理はない。

ちなみに妻はいくらだけをひたすら盛り続ける“いくら丼”スタイルで貫いていて、さすがにちょっと笑ってしまった。痛風には気をつけてほしいところ。

お皿に盛られた肉じゃが
お皿に盛られたデザートの盛り合わせ

和食中心ながら、一品一品のクオリティも高い。特に肉じゃがはしっかりと味が染みていて印象に残った。

さらに洋食メニューやデザートも揃っているので、年齢を問わず誰でも満足できるバランスの良さがあると感じた。

ラビスタ函館ベイの湯上がり処から、ベイエリアの街並みを眺める妻と息子

こうしてこの旅では初めてのホテルで、北海道最後の夜を過ごした。

普段は車中泊やキャンプが中心だけど、こうしてホテルに泊まることで、また違った形でその土地を味わえることに気づかされた。

一日の終わりと始まりを、その場所に委ねるということ。

宿もまた旅の一部なんだと、改めて実感する時間だった。妻や友人の提案でこの選択ができたことも含めて、とてもいい締めくくりになったと思う。

また函館を訪れることがあれば、ぜひここにもう一度泊まりたいと思う。

北の大地を発ち、再び本州へ上陸

津軽海峡フェリー函館ターミナルの外観

ホテルをチェックアウトし、函館でのお土産選びを済ませたあと、フェリーターミナルへと向かった。正直なところ、帰りの航路は少し迷った。

下北半島は北海道へ渡る前にすでに訪れていたこともあり、青森行きのフェリーの方がその後の移動は楽だったからだ。

ただ、旅客運賃だけで見れば大きな差はないものの、車両を含めると合計で5〜6,000円ほど変わってくる。最終的にはその差を考えて、函館〜大間航路を選ぶことにした。

大間行きフェリーの車両待機場、夕暮れの雲ひとつない空
大間行きフェリーの船上デッキから眺める、沈む寸前の夕陽とマジックアワーの空
大間行きフェリーの船上デッキから眺める、日没後の空と函館山のシルエット

北海道最後の日は、秋らしい澄んだ空気に包まれた、雲ひとつない青空だった。

夕暮れのフェリー乗り場には穏やかな時間が流れ、どこか旅の終わりを感じさせる空気が漂っている。出港後、船上デッキに出ると、空はゆっくりと色を変え始めていた。

マジックアワーのやわらかな光の中で、北海道の大地が少しずつ遠ざかっていく。前日に登った函館山も、静かにシルエットを浮かび上がらせていた。

振り返ってみると、この旅は本当に天候に恵まれていたと思う。何度も空を見上げ、そのたびに違う表情の景色に出会えた。

各地で出会った風景や、その土地ならではの味。そして、久しぶりに再会できた友人たちとの時間も、どれもが印象深い。

長かったようでいて、気づけばあっという間に過ぎていった二ヶ月。こうして再び海を渡り、ひとつの区切りとして本州へと戻る。

静まる本州最北の駅で過ごす夜

JR下北駅駅舎の外観

下船後は大間崎の近くで軽くお風呂だけ済ませ、そのまま小一時間ほど車を走らせた。

この日は移動距離は短かったが、いつもより眠気が強かった日。ただ、進行方向にある道の駅までは少し距離があり、このまま無理して走るのも違う気がした。

そこでGoogleマップの口コミを頼りに、「車中泊」というワードで見つけた、JR下北駅へ向かうことに。本州最北の駅という響きにも、どこか惹かれるものがあった。

とはいえ、相手は鉄道の駅。電車の走行音や人の出入りを考えると、正直あまり落ち着いて眠れる場所ではないんじゃないかという不安もあった。

とりあえず現地を見てから判断しよう、くらいの軽い気持ちで足を運ぶ。

JR下北駅構内にある大湊線の時刻表
JR下北駅の無料駐車場で車中泊するハイエース

駅に着いてまず感じたのは、思っていた以上の静けさだった。

時刻表を確認すると、列車は一時間に一本程度。都会のように絶え間なく電車が行き交う環境とはまったく違い、ここが“最北の駅”であることを実感する。

終電は22時台。夜間の時間帯であれば、眠る分には問題なさそうだった。

実際に最終一本前の電車が到着する様子も見てみたが、音も想像していたほど大きくはなく、すぐに静けさが戻る。

始発は5時台と少し早めで、本来であればあまり選びたくない条件ではある。それでもこの日は疲れもあったし、”駅で車中泊する”という少し変わった体験への好奇心の方が勝った。

結果的には夜通しとても静かで、特に気になることもなくしっかりと眠ることができた。朝は駅の利用者の邪魔にならないよう、いつもより少し早めに出発する。

こういう、予定にはなかった場所での一泊は、不思議と強く記憶に残る。旅の自由さと、その場の判断で動く面白さを、あらためて感じた夜だった。

そして、北海道を離れたあとも、僕たちの旅はまだ続いていた。

足早に駆け抜け、もうひとつの東端へ

それからは太平洋側に出て、三陸海岸をひたすら南へと走っていった。本来なら浄土ヶ浜や北山崎など、景勝地を巡るのを楽しみにしていたエリア。

リアス式海岸ならではの切り立った断崖や複雑に入り組んだ海岸線は、この旅の中でも見どころのひとつになるはずだった。

けれど、このあたりに入ってからは天気に恵まれず、景色をじっくり楽しむ余裕もないまま通り過ぎることに。

過去に自転車で走ったときも同じように曇天だったことを思い出し、なんとなくこの土地との相性のようなものを感じてしまう。

魹ヶ崎にある本州最東端の碑


そんな中でも、どうしても立ち寄りたかった場所があった。

それが本州最東端、魹ヶ崎。これまで四端に特別なこだわりがあったわけではないけれど、旅を重ねるうちに「いつかはすべて巡ってみたい」と思うようになり、その機会をずっと探していた場所だ。

ただ、この魹ヶ崎という場所、思っている以上に気軽には辿り着けない。

最寄りまで車で行けるわけではなく、拠点となる姉吉キャンプ場から遊歩道を歩いて向かう必要がある。みちのく潮風トレイルの一部にもなっているこの道を、片道およそ一時間。

今回は妻と息子は駐車場で待機、この道をひとりで歩いていくことにした。

姉吉キャンプ場入口にある大型看板
魹ヶ崎へ続く遊歩道
魹ヶ崎へ続く遊歩道

道自体はそこまで険しいわけではない。ただ、場所によっては崖沿いの区間もあり、足を滑らせたらただでは済まなさそうな緊張感がある。

静かな森と海の気配に包まれながら、一歩ずつ進んでいく時間は、どこか特別なものだった。

青空と雲を背景にした魹ヶ崎灯台
魹ヶ崎の崖上の岩場

そうして辿り着いた最東端は、驚くほど簡素な場所だった。

石碑と灯台、そして小さな東屋がひとつあるだけ。いわゆる観光地らしい整備はほとんどされておらず、ただ「端」であることだけがそこにある。

最東端の碑も、岩にプレートが打ち込まれているだけの控えめなもの。それでも、ここまで自分の足で歩いてきたからこそ、その場所に立ったときの実感は強かった。

これまで訪れてきた“端”の中でも、ここは群を抜いて最果ての空気が濃い。辿り着くまでの手間も含めて、いちばん「到達した」と感じられる場所だったかもしれない。

帰り道、同じ遊歩道を引き返しながら、こういう場所はやっぱり簡単には来られないからこそ価値があるんだと思う。

本州最東端訪問証明書

そして、恒例になりつつある四端到達証明書も忘れずに。

宮古市内の施設で発行してもらえるもので、今回は重茂出張所で手に入れた。一枚200円。この紙切れひとつにも、ちゃんと意味がある気がするから不思議だ。

これで本土四端のうち、残るはあと二つ。最西の神崎鼻と、最南の佐多岬。どちらも九州にあるが、いつもその手前のエリアが魅力的すぎて、なかなか端まで辿り着けない。

いつかその先まで、ちゃんと踏み込める日が来るだろうか。そんなことを思いながら、また次の目的地へと車を走らせた。

積み重ねた日々を胸に、家路へ

日没後のマジックアワーの空に妻と息子のシルエット

ここからは東北を巡りつつ、少しずつ日常のある場所へと近づいていく。長く続いた旅路も、いよいよ終わりの気配を帯びはじめた。

それでも、不思議と「帰る」という実感はまだ薄い。

ここまで積み重ねてきた日々があまりにも濃くて、どこか現実から少し離れた時間の中にいるような感覚が、まだ心の奥に残っている。

道中で出会った風景や、その土地ごとの空気、何気ない会話や小さな出来事のひとつひとつが、静かに記憶の中へと重なっていく。

特別なものばかりではないけれど、振り返ればどれもがこの旅をかたちづくる大切な一片だった。

遠くまで来たからこそ見えた景色があり、実際に足を運んだからこそ触れられた時間があった。そのすべてを胸に抱えながら、僕たちは次の土地へと車を走らせる。

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