黒部ダムから黒部峡谷をたどり、阿曽原温泉を経て欅平へ。紅葉に染まる断崖の道を、三日間かけて歩いてきた。
黒部川を見下ろす細い登山道や、岩壁を削って通された水平歩道は、息をのむ景色と緊張感の連続。歩いた距離や時間だけでは語りきれない、黒部の深さと山旅の余韻を写真とともに振り返る。
下ノ廊下は、毎年決まった日に開通する登山道ではありません。積雪や崩落、吊橋などの整備状況によって歩ける時期が変わります。
2026年は整備完了が10月末ごろの見込みと案内されていました。計画時には、阿曽原温泉小屋や富山県警の最新情報を確認し、未整備区間には立ち入らないでください。
下ノ廊下の登山ルートと行程

下ノ廊下は、黒部ダムから黒部峡谷の上流部を抜け、阿曽原温泉を経て欅平へ向かうルート。今回は2023年10月25日〜27日の3日間で歩いた。
今回は富山側の扇沢から黒部ダムへ入り、ロッジくろよんで前泊。翌日から日電歩道を歩いて阿曽原温泉小屋で1泊し、3日目は水平歩道を進んで欅平へ下山する3日間の行程とした。
黒部川の流れを眼下に見ながら岩壁を縫うように進む道は、梯子や桟道、細い岩場が連続する独特のルート。場所によっては高度感も大きく、一般的な登山道とは少し違った緊張感がある。
一方で、十字峡や白竜峡をはじめ、黒部峡谷ならではの深い谷と険しい岩壁が続き、歩いているだけでも景色が目まぐるしく変わっていく。
今回の山行では、事前に「山と高原地図」を使ってルートや周辺の地形を確認した。下ノ廊下を歩く際は、周辺の地形やルート全体を事前に把握したい
実際の歩行ログをもとに、今回歩いたルートを下の地図と標高図にまとめた。各区間の距離や標高、所要時間も確認できるので、下ノ廊下を歩く際の行程をイメージする参考にしてほしい。
地図:国土地理院
地図を読み込んでいます…
- 黒部ダム
- 黒部湖駅
- ロッジくろよん
- ロッジくろよん
- 黒部湖駅
- 黒部ダム
- 黒部ダム駅
- 内蔵助谷出合
- 別山谷出合
- 十字峡
- 東谷吊橋
- 仙人谷ダム
- 人見平
- 阿曾原峠
- 阿曾原温泉小屋
- 阿曾原温泉小屋
- 折尾谷
- 大太鼓
- 志合谷
- 水平歩道終点
- 欅平駅
※行動時間・距離・標高差はヤマレコの記録をもとに掲載しています。
1日目|大阪から黒部へ、登山前夜のテント泊

今回の下ノ廊下は、同じ職場のAさん、M君と三人で歩くことにした。普段はソロで山に入ることが多いので、久しぶりのグループ登山だ。
大阪から富山まで車を走らせ、翌日からの山行に備えて黒部へ向かう。下山口となる宇奈月には二日後に戻ってくるため、今回は回送サービスを利用してハイエースを先に宇奈月へ届けてもらうことにした。
登山のスタートは扇沢。ここから電気バスで黒部ダムへ入り、初日は黒部湖畔のロッジくろよんでテント泊する。
到着が遅いこともあり、この日は無理に距離を伸ばさず前泊に徹する。翌朝はできるだけ早く出発し、他の登山者が歩き始める前に下ノ廊下へ入る。険しいルートだけに、渋滞を避けて自分たちのペースで歩くための作戦だ。
扇沢から電気バスに乗って黒部ダムへ



黒部ダムの玄関口となる扇沢に到着したのは15時を過ぎたころ。ここで待ち合わせていた回送業者にハイエースを引き渡す。
二日後には宇奈月へ下山するため、車を先回りして回送してもらう計画だ。料金は現地決済で2万円。三人で割れば一人あたりの負担も抑えられるので、グループでの山行ではこうしたサービスも使いやすい。
車を預けたあとは、電気バスに乗り込んで黒部ダムへ向かう。片道1,800円。平日で、しかも時間が遅かったこともあり、車内の乗客は少なかった。
黒部ダム駅へ向かうトンネルは、普段の登山ではなかなか味わえない雰囲気。コンクリートに囲まれた長い地下道を進んでいると、これから始まる山行への期待が少しずつ高まってくる。



駅の外へ出ると、いきなり黒部ダムの巨大なスケールが目に飛び込んできた。
えん堤の下には黒部川が流れ、その両岸を赤や黄色に染まった山々が囲んでいる。振り返って上を見れば、冠雪した立山連峰。紅葉と雪山がひとつの景色に収まる光景は、登山口に立つ前からすでに圧倒されるものだった。
黒部ダムは、ダムそのものを目的に訪れる観光客がいるのも納得できる場所だ。
レストハウスの上部には大きなコンクリート壁がそびえ、その屋上は展望台になっている。タイミングが合えば黒部ダムの放水も眺められるそうで、ここだけでも十分に観光地として楽しめる。



そんな黒部ダムをあとにして、今夜の宿泊地であるロッジくろよんへ向かう。
黒部ダムからロッジくろよんまでは高低差も少なく、歩行時間は1時間ほど。今回の山行では、初日はかなり軽めの行程だ。
すでに日没が近づき、周囲は少しずつ薄暗くなっていた。ひとりなら少し心細くなる時間帯だが、今回は二人の同行者がいる。しかも二人とも陽気な性格なので、単調になりがちな道中も話をしながら楽しく歩くことができた。
道中では、赤や黄色に色づいた木々に何度も足を止める。これから始まる下ノ廊下への期待を膨らませながら、紅葉の黒部湖畔をゆっくり進んでいった。

登山道からは、対岸にそびえる針ノ木岳方面の山々も眺められる。
針ノ木岳の山頂からは黒部湖を見下ろす雄大な景色が楽しめ、夏には雪渓歩きもできるという。今回は扇沢を起点に歩くのが初めてだったので、いつか針ノ木岳にも登ってみたいと思いながら先へ進んだ。
ロッジくろよんでテント泊の夜

黒部ダムから歩くこと1時間ほどで、前泊地のロッジくろよんに到着した。標高約1,480m、黒部湖畔の森の中に建つ山小屋だ。
黒部周辺の登山や下ノ廊下を歩く際の前泊地としても利用しやすい。テント場も整備されており、今回はこちらで一晩を過ごすことにした。
テント泊は予約不要で、利用料金は1人2,000円だった。営業期間や料金などは変更される場合があるため、利用時は最新情報を確認したい。


テント場は森に囲まれていて、周囲には真っ赤に染まった木々。派手な眺望があるわけではないものの、紅葉の中にテントを張る雰囲気がとても良かった。
設営を終えたら、夜ごはんの準備。この日のメインはカレーメシ。あらかじめパッケージから出してポリ袋に移して持ってきた。
Fozzilsスナップホールズにポリ袋ごと被せれば、食事中の安定性も問題ない。ゴミをできるだけ減らし、食器やカトラリーを汚さないようにすることで、荷物の軽量化も少し意識している。

食事を終えて日が落ちると、三人それぞれのテントから顔を出して談笑する時間になった。普段はソロ山行が中心なので、こうしてテント場で仲間と話しながら過ごす夜は新鮮だった。
明日は朝早くから下ノ廊下を歩く予定。時間にも気持ちにも余裕を持って前泊したことで、焦ることなく一日を終えることができた。翌朝、いよいよ紅葉の黒部峡谷へ入る。
2日目|黒部の峡谷美、紅葉の下ノ廊下を歩く

前泊したロッジくろよんを出発し、黒部ダムへ戻って下ノ廊下(旧日電歩道)へ。しばらくは黒部川を横目に細かなアップダウンを繰り返しながら、少しずつ深い峡谷の奥へと進んでいく。
白竜峡の手前からは、深く切れ込んだ黒部峡谷のV字谷と、斜面を鮮やかに染める紅葉が続く。その先に待つ十字峡やS字峡も、このコースを代表する見どころだ。
一方で、岩壁に沿って続く細い道には番線が張られ、滑落すれば重大な事故につながるような場所も少なくない。大きな高低差はないものの歩行距離は長く、途中にエスケープルートもないため、体力と時間には十分な余裕を持って歩きたい。
長く険しい道のりを越え、仙人谷ダムを過ぎれば、この日の目的地である阿曽原温泉小屋へ。歩ききった者だけが味わえる秘湯に浸かり、長い一日の疲れを癒す。
黒部ダムを出発、沢沿いの道を進む


ロッジくろよんを出発したのは5時過ぎ。昨日来た道を戻り、まずは黒部ダムを目指す。ヘッドライトに照らされた登山道には霜が降りていて、標高1,400mを超える早朝の空気は一桁前半まで冷え込んでいた。
黒部ダムのえん堤に出ると、薄らと明るくなり始めた空に、雪化粧した立山連峰が浮かんでいる。まだ色のない山々は、まるで水墨画のよう。静かな朝の黒部ダムを後にする。



ダム内部の薄暗いトンネルを進む。周囲には自分たち以外の人影もなく、静まり返った巨大な施設は、少し怖さを感じるほどだった。
まるでバイオハザードの世界に迷い込んだような感覚。出口付近にはこのルートで最初で最後となる登山者用トイレがあるので、ここで済ませておきたい。


トンネルを抜けると、先ほどまでのモノクロの景色が一変する。立山連峰の稜線に朝日が差し込み、赤く染まるモルゲンロートが浮かび上がった。
スポットライトを当てたように山の一部だけが赤く照らされ、やがて空はパステルカラーの水色へ。雪をまとった岩肌には、まるで粉糖をかけたような白さが際立っていく。
ほんの十数分の間に、山は驚くほど表情を変えていく。この早朝のわずかな時間帯が好きだ。
ここから先は深い谷へと進んでいくため、この日立山連峰の姿を見るのはここが最後。樹林帯を下り、黒部川へ向かって歩を進める。





しばらくすると、頭上に黒部ダムの巨大なえん堤が現れた。高さ186mの堰堤を下から見上げると、そのスケールに圧倒された。ここからは黒部川を横目に、沢沿いの道を進んでいく。


まだ歩き始めて間もないのに、岩壁を彩る紅葉や幾重にも折り重なる山の襞、険しい稜線が次々と現れ、なかなか先へ進ませてくれない。
まだ太陽の光が届かない谷あいでは、紅葉は鮮やかというより艶やかに見える。朝の冷たい空気の中、赤く染まった木々と険しい山並みが静かに浮かび上がっていた。




黒部川を横目に、階段やハシゴのアップダウンを越えていく。頭上には今にも落ちてきそうな巨大な岩もあり、この先は落石にも注意しながら進む必要がある。


下ノ廊下は序盤から見どころが多い。紅葉した木々の奥には滝が流れ、足元には透き通った青色の黒部川。
普段の登山なら、登り始めの時間帯は単調な樹林帯歩きが続くことも多いけれど、ここでは歩き始めから次々と景色が変わっていく。
紅葉と渓流、岩壁と滝。その一つひとつに足を止めたくなる、写真好きにはたまらない区間だ。



内蔵助谷出合を過ぎると、道はさらに下ノ廊下らしい姿へと変わっていく。
スプーンでくり抜いたような岩壁に沿って細い道が続き、左手には番線が張られた箇所も増えてきた。もし足を滑らせればただでは済まないような高さに、少しずつこの道の危険度を実感していく。



岩肌をかき分けるように進んでいくと、小さな滝壺の上に登山者の姿が見えた。豆粒ほどにしか見えないその姿が、周囲の岩壁や谷の大きさを際立たせている。


やがて太陽が高くなり、これまで薄暗かった登山道にもようやく光が差し始める。
岩肌に体を預けながら番線を掴み、慎重に進んでいく。見下ろせば、50m以上はありそうな落差。高所恐怖症の身にはなかなか堪える高度感だ。
道幅は狭く、対向する登山者とのすれ違いも緊張する。そんな場所に架けられた木製の丸太橋は、見た目以上にしっかりとした造りで、こうした道を整備してくれている人たちには頭が下がる。

そして、この先で待っていたのが、深くV字に切れ込んだ黒部峡谷。
その両岸を、見頃を迎えた紅葉が鮮やかに染め上げている。快晴の青空と赤や黄色に色づいた木々が深い谷を縁取り、幾重にも重なる山肌の向こうへと景色が続いていく。
日本国内でも、これほど深い峡谷と紅葉の美しさを同時に味わえる場所はそう多くないだろう。巨大な岩壁と紅葉に囲まれると、そこを歩く登山者の姿さえ小さく見える。
安易にこの言葉を使うには抵抗があるけど、これはまさに「絶景」。はるばる大阪からここまで歩きに来た甲斐があったと思える、下ノ廊下のハイライトの一つだ。
大ヘツリの急はしごを越えて白竜峡へ


大ヘツリの急はしごは、この区間の危険箇所のひとつ。
ほぼ垂直に近いはしごを登る登山者を、上で待つ人たちが心配そうに見守っている。ぼくたちの進行方向では登りだったのでまだよかったが、これを下るとなるとかなり怖そうだ。


このあたりは、ちょっとした渡渉やロープを伝って岩肌を登る場所もあり、変化に富んでいてなかなか楽しい。高低差が少なく単調になりがちな下ノ廊下では、こうした小さな変化がいいアクセントになる。

振り返ると、これまで歩いてきた道が岩壁に一本の線となって伸びていた。
まるで定規で線を引き、そのまま彫刻刀で削り取ったような道だ。高さのある岩肌が幾重にも重なり、突き出た部分だけに光が差し込むことで、岩壁にはくっきりとした陰影が生まれている。

登山道を歩く人を起点に、V字に大きな影が広がっていた。
歩く時間帯や天候によって光の角度が変われば、同じ場所でも見える景色は大きく変わる。こうした光と影の移ろいも、峡谷を歩く面白さのひとつだと思う。

やがて徐々に日の光が届かなくなり、白竜峡へと入っていく。黒部川が深く谷を刻み、白い花崗岩の岩壁が両側から迫る。さっきまでとはまた違う、峡谷の深さを感じる景観だ。

巨大な岩壁にしがみつくように、細い登山道を進む。そこを歩く登山者の姿はあまりにも小さく、岩壁の途方もないスケールをかえって際立たせていた。



道幅はとても狭く、丸太橋は岩壁から浮いているようにも見える。
美しい景観に見惚れていても、足元から感じる高さがすぐに現実へと引き戻してくる。番線をしっかりと掴みながら、一歩ずつ慎重に進んでいく。

わずかに光が届く区間では、再び鮮やかな紅葉が姿を見せてくれた。光を受けた木々と、シルエットになった登山者の姿が重なり、光と影が印象的な一枚になる。
よほど早く歩かない限り、この先からは徐々に太陽の光が入らなくなっていく。最後に差し込む光に照らされた紅葉を、しっかりと目に焼き付けておきたい。
十字峡、S字峡へと続く険しい谷

この先も、下ノ廊下を代表する見どころが続く。白竜峡を越えてしばらく進むと、一本の吊り橋が現れた。
吊り橋の上から眼下を覗き込むと、深く切れ込んだ谷の底に黒部川が流れている。ここが、下ノ廊下を歩くなら一度は見ておきたい十字峡。

黒部川本流に、左岸から剱沢、右岸から棒小屋沢が流れ込み、三つの流れが一点で交わる。上から眺めると、三方向から谷が集まるその地形が、まるで十字路のように見える。これが十字峡の名前の由来だ。
自然がつくったとは思えないほど整った形で、まさに「谷の交差点」。黒部峡谷が一本の深い谷ではなく、いくつもの沢が複雑に入り組んでできていることを、ここでは目の前で見ることができる。
吊り橋を渡りながら眺めるだけでも十分に迫力があるが、橋の手前には広場があり、そこから少し下った岩盤上から十字峡を見下ろせる場所もある。
今回は吊り橋からその姿を眺めたが、剱沢から勢いよく流れ込む水と、棒小屋沢、そして黒部川本流が一つになる様子は、下ノ廊下ならではの景観だった。




そして十字峡を越えると、道はさらに険しさを増していく。崖下を眺めるたびに足がすくむ。それでも、はるか下を流れる黒部川の美しさには思わず足を止めてしまう。
作廊谷合流点まで進むと、登山道の脇には番線や丸太など、道の整備に使われる資材が置かれていた。こうした資材を使いながら、この険しい峡谷に道を維持してくれていることを思うと、本当に心強い。


この付近は、ルート上でも特に高度感のある場所だった。
ストンと切れ落ちた崖の上に、岩壁を削るようにして細い道が続いている。道が湾曲しているため、進む方向を変えるたびに崖壁が視界いっぱいに入り、高さがより強く感じられる。
側面から見ると、その危うさがさらによくわかる。人の姿を一緒に写すことで、細い道と切れ落ちた谷のスケールが際立つ。写真を見返していても、この辺りはかなり怖い。


そんな恐怖心を乗り越えてさらに進んでいくと、S字峡に到着した。
岩壁に沿って黒部川が大きく湾曲し、上から見るとその名の通り「S」の字を描いている。自然の中に、これほどわかりやすいS字ができるものなのかと、思わず感心してしまう。
蛇行する川の先にはさらに岩壁が重なり、谷の奥行きと深さが際立って見える。曲がりくねった川を追うほど、両岸にそびえる岩壁の高さも強く感じられた。




しばらく歩くと、遠くに黒部川第四発電所の送電線引き出し口が見えてきた。
通称「黒四(クロヨン)」で知られる黒部川第四発電所は、黒部ダムから約10km下流に位置する水力発電所。国立公園内の景観を守ることや冬季の雪害を避けるため、発電所や開閉所などが地下に造られている。最大出力は33万7,000kW、最大落差は545.5m。昭和31年に着工し、7年の歳月をかけて昭和38年に完成した。
険しい黒部峡谷の地下に、これほど巨大な発電施設が造られている。その存在を、今まさに自分の足で歩いている峡谷の中から感じられるのも、このルートならではの面白さだ。
やがて道はつづら折りの下りとなり、東谷吊橋へ向かって高度を下げていく。
この吊り橋が、またよく揺れる。さっきまでの断崖とは違う緊張感を味わいながら、東谷吊橋を渡って黒部川の対岸へ。


そこからトンネルを抜け、美しい紅葉を横目に仙人谷ダムへと向かう。長く険しい下ノ廊下も、いよいよ終盤に差しかかってきた。
仙人谷ダムを越え、阿曽原温泉へ



仙人谷ダムは1936年に着工し、1940年に完成した重力式コンクリートダム。
黒部川の水を利用した発電のためにつくられたもの。高さ47.5m、長さ77.3mの堰堤は、黒部峡谷の険しい地形の中にひっそりと収まっている。
ダム湖側には、堰き止められた水が深い青緑色の水面をつくっていた。振り返れば、さっきまで歩いてきた黒部川が谷底を流れている。上流側と下流側でまったく違う表情を見せるのも、この場所の面白いところだ。



堰堤を越えて階段を下りると、その先に小さな扉が現れる。ここから先は、まさかの関西電力の施設内。登山道の途中で電力施設の中を歩くという、普通の山歩きではまず味わえない展開が待っている。
扉の向こうは薄暗いトンネル。再びバイオハザードの世界に戻ったような、不気味で非日常的な空間を進んでいく。



そして、ここでまさかの出来事が起きた。ダム施設内には関西電力の工事用輸送路が通っていて、ちょうどトロッコ列車が動き出すところだった。
運が良ければ列車に出会えるとは聞いていたものの、まさか本当に遭遇するとは思わず、テンションMAX。
慌ててシャッターを連射していると、車両の間からちょうど二人の姿。列車を見送る二人と、トンネルの中を走る小さな車両。偶然が重なって、この山行で一番のお気に入り写真になった。
列車を見送ったあとは、再びトンネルの中へ。やがて出口が見えてくる。ここまでが、黒部ダムから続いてきた旧日電歩道の区間。
こうして実際に歩いてみると、黒部峡谷はただ険しい山道が続いているだけではなく、長い年月をかけて電源開発が行われてきた場所なのだと実感する。
黒部ダムや仙人谷ダム、峡谷の岩壁を貫くトンネル、そして今も使われている関西電力の輸送路。こんな険しい場所に、これだけ大規模な設備がつくられていること自体がすごい。
この黒部の電源開発の歴史を知るうえで、今回の山行と一緒に楽しみたいのが『黒部の太陽』と『高熱隧道
』。
『黒部の太陽』は、黒部川第四発電所、いわゆる「くろよん」の建設を題材にした作品。
実際に黒部ダムや関西電力の施設を歩いてから読むと、目の前にある巨大なダムやトンネルが、どれほど大きな工事の末につくられたものなのか、より身近に感じられる。
『高熱隧道』は、仙人谷ダム周辺で行われた電源開発工事を題材にした吉村昭の小説。
実際に仙人谷ダムの中を歩き、トンネルを抜け、関西電力のトロッコが走っていくのを目の前で見たあとだと、かつてこの峡谷で行われていた工事の過酷さにも、少し違った感覚で思いを馳せることができる。
山を歩くだけなら、目の前の景色を楽しんで終わってしまう。けれど、その場所で何がつくられ、どんな人たちがこの峡谷に道を切り開いてきたのかを知ると、同じ景色でも少し違って見えてくる。
そんなことを考えながら、ここからは阿曽原温泉へ向けて最後のひと登り。長かった下ノ廊下も、いよいよ終盤に入る。
素晴らしい紅葉に染まった峡谷、岩壁に張り付くようなスリリングな登山道、そして最後にはダム施設の内部まで歩く。下ノ廊下は、景色だけではなく、その道そのものが見どころの連続だった。


そんな一日を噛み締めながら、今日の目的地である阿曽原温泉小屋へ向かう。そして最後にこの日一番の急登、権現峠を越えることになる。
黒部ダムからここまでは細かなアップダウンこそあるものの、全体としては下り基調。それでもテント泊装備を担ぎ、すでに10時間以上歩いている身には、この登り返しがなかなか堪えた。

16時頃、ようやく阿曽原温泉小屋に到着。小屋の前にはたくさんの登山靴が並び、すでに小屋泊の登山者で賑わっていた。
ぼくたちは受付を済ませ、テント場の利用料1,000円と温泉の入浴料800円を支払う。


小屋から一段下がった場所にあるテント場には、すでに10数張りのテントが並んでいた。予約はできず先着順だが、この日は平日だったこともあり、窮屈さを感じることもなく快適に設営できた。
混雑する時期には、ここに200張り近くのテントが並ぶこともあるという。そう考えると、この日の静かなテント場はかなり恵まれていたのかもしれない。


テントを設営したら、いよいよ待望の露天風呂へ。
阿曽原温泉は、黒部峡谷の山深くに湧くまさに秘湯。ここまで長い道のりを歩いてきた者だけが味わえる、下ノ廊下の大きなご褒美だ。
露天風呂へは階段を下りていく。奥には簡易的な更衣スペースがあり、その先に四角いこぢんまりとした浴槽がある。大きな銀色のシートの向こうからは湯気が立ち上り、周囲を山々に囲まれた静かな湯船へと続いていた。


夕暮れの雲が湯面に映り込む。設備はとてもシンプル。それでも、こんな山深い場所で、今日一日歩いてきた道を思い返しながら入る温泉は格別だった。
「ここまで歩いてきて、本当によかった」
そう思える、最高のひと風呂だった。
テントに戻って晩御飯。昨夜と同じく、今回もカップヌードルぶっこみ飯。ただし、今日は味を変えて。
今回の山行では、とにかく気楽さを優先した。ジェットボイルフラッシュで湯を沸かすだけで食べられるので、最近は山であまり凝った料理をしない。
それでも、今日一日で紅葉に染まった黒部峡谷を歩き、スリリングな下ノ廊下を越え、ダムの内部を歩き、最後には秘湯まで楽しめた。
長く濃密な一日だった。
テントの中で温かい飯をすすりながら、今日歩いてきた道を思い返す。絶景と秘湯、その両方を一日で味わえたことに大満足し、2日目の夜を終えた。
3日目|断崖に刻まれた一本道、水平歩道をゆく

最終日は阿曽原温泉小屋を出発し、欅平へ向かって水平歩道を歩く。前日の下ノ廊下に続き、この日も黒部峡谷の断崖に刻まれた細い道が続いていく。
特に印象的なのが、大太鼓や志合谷周辺。岩壁を削るようにつくられた道は、下ノ廊下にも増して高度感があり、谷底を見下ろしながら進む場面も多い。断崖を横切る水平歩道そのものが、この日の大きな見どころだ。
長く険しい道を歩き続け、ようやく欅平へ。ここからはトロッコ列車に乗り込み、宇奈月へと下る。二日間にわたって歩いてきた黒部峡谷を列車の車窓から振り返りながら、長かった山行を終える。
阿曽原温泉を出発、岩壁に沿って歩く



この日は大阪へ帰る日でもある。昼過ぎには宇奈月でハイエースを回収したかったので、朝から手早く撤収を済ませる。
7時過ぎ、阿曽原温泉小屋を出発。しばらくは樹林帯の中を歩き、少しずつ高度を上げていく。
やがて樹林が開け、道は昨日の下ノ廊下を思わせる岩壁沿いの道へと変わっていった。最終日とはいえ、まだまだ黒部峡谷の核心部は続いている。




朝の山はまだ眠っているようで、歩いている道には陽が届かない。そんな中、少し先の山肌にだけ光が差し込み、紅葉した斜面が浮かび上がっていた。
時間が経つにつれて、谷の奥へ少しずつ陽が入り始める。山の稜線の一部だけがスポットライトを浴びたように明るくなり、やがて紅葉の斜面全体へと光が広がっていく。
立山連峰のような大きな山容を眺める派手さはない。それでも、深い谷の中で朝の光が山肌を少しずつ照らしていく様子には、この場所ならではの美しさがあった。


岩壁の隙間からは滝もいくつか姿を見せる。黄色く色づいた木々の間を縫うように水が流れ落ちていた。
この山行では、本当に大小さまざまな滝と出会った。下ノ廊下から水平歩道へ、歩く場所が変わっても黒部峡谷には水の流れる景色が続いている。
せっかくの見事な滝を前にすると、自然と足が止まる。しばし撮影タイム。こういうところで立ち止まって、ああでもないこうでもないと写真を撮れるのは、パーティで歩く山行ならではの楽しさだ。
大太鼓と志合谷、足元に広がる深い谷


登りを終えてからは大きな高低差もなく、水平歩道らしい平坦な道が続いていく。ただ、歩きやすいというわけではない。
岩壁に沿って続く細い道からは、覗き込もうとしなくても谷底が視界に入る。昨日に続いて、気を抜けばそのまま深い谷へ吸い込まれそうな高度感だ。
それでも不思議なもので、二日目にあれほど怖かった高度にも、少しずつ慣れてきている自分に気づく。
慣れは心強い反面、怖いものでもある。こうした道では、特別な難所だけでなく、歩き慣れてきた頃のちょっとした気の緩みこそ気をつけたい。
まだまだ先は長い。ここからも足元に注意しながら、気を引き締めて進んでいく。

まだ陽の届かない岸壁は深い影に包まれているが、その向こうには朝の光を受けた対岸の斜面が広がり、岩肌を埋め尽くすように紅葉が色づいていた。
一直線に伸びる水平歩道と、遠くまで続く紅葉の斜面。その対比が、黒部峡谷の深さをいっそう際立たせていた。


10時頃、水平歩道の核心部ともいえる大太鼓に到着する。
大太鼓を示す看板の先には、岸壁をくっきりとコの字にくり抜いたような道が続いている。岩壁そのものを削ってつくられた水平歩道を象徴するような場所だ。
道幅はこれまで以上に狭くなる箇所もあり、通過にはより慎重さが求められる。

ここではしばらく記念撮影。前後から登山者が来ていないことを確認しながら、スリングとカラビナを番線にかけて安全を確保する。
人が一人入るだけで、谷を挟んだ対岸の大岩壁が一気に大きく見えてくる。
下ノ廊下の深く切れ込んだV字谷とは対照的に、太鼓岩周辺では巨大な岩壁が目の前いっぱいに立ちはだかる。斜面を埋め尽くす紅葉が、その岩壁を鮮やかに染め上げていた。
谷の深さと、岩壁の大きさ。同じ黒部峡谷でも、場所によってまったく違う表情を見せてくれる。そのスケールを写真に残そうと、ここでもしばらく足を止めた。





大太鼓を越えると、志合谷へ。ここには全長約150mのトンネルがあり、入口には「トンネル内照明必要」と書かれた案内がある。中へ入ってみると、その意味がすぐに分かった。
薄暗い、というレベルではない。ほとんど真っ暗闇だ。
天井からは水が滴り落ちてくる。背の高いMくんは、ところどころ頭上をかすめるような場所もあったらしい。ヘルメットなしで勢いよく進めば、普通に流血沙汰になりかねない。
ヘッドライトで足元を照らしながら進んでいると、前を歩くAさんの顔が下からぼんやり浮かび上がる。こういうところでもお茶目さは変わらない。
トンネルを抜けると、再び紅葉の景色が広がる。暗闇から明るい外へ出ると、紅葉を背景にしたMくんのシルエットが印象的だった。
さらに先にもトンネルが続き、二股に分かれた太い木の幹をくぐるような場所も現れる。
終盤に入るにつれて、こうした狭い空間を通り抜ける場面も増えてきた。

やがて鉄塔や送電線が視界に入ってくる。欅平上部が近づいてきたサインだ。山の中で人工物が目に入ると、普段なら少し興ざめすることもある。ところが、このルートでは少し違った。
トンネルも、砂防の施設も、鉄塔も。これまで歩いてきた道を形づくってきた人工物のひとつひとつが、むしろ黒部峡谷らしい景色の一部に感じられてくる。
そして視界の奥には、冠雪した後立山連峰が見えていた。山行の始まりには黒部ダムから立山の峰々を眺め、終わりが近づいたここでは、遠くに後立山連峰を望む。
二つの山並みを眺めながら歩いた今回の山行を振り返ると、なんともいえない情緒がある。
「次はどこへ登ろうか」
そんなことを考え始めるのも、山行の終わりが近づいた頃だった。
危険な道を歩き、深い谷を越え、最後には次の山を思い浮かべながら歩いている。この水平歩道から欅平へ抜けるルートには、そんな山旅の余韻を感じさせてくれる魅力があった。



欅平上部を越えると、水平歩道が終わり欅平駅まで急な下りが続く。危険な区間がほぼ終わったと分かると、Mくんが一気にペースを上げる。さすが20代、若い。
「一定のペースで刻まなあかんで!」と、Oさんが笑いながらその後を追う。こちらも50代とは思えない。二人に釣られてぼくも歩く速度を早めた。
欅平からトロッコ列車で宇奈月へ



そして、ようやく欅平駅へ到着。ここで今回の山行は終了となる。ここからはトロッコ列車に乗り込み、宇奈月へ向かう。



黒部峡谷の断崖に沿って歩いてきた二日間を、今度は列車の車窓から振り返る。橋を渡り、いくつものトンネルを抜けながら、これまで歩いてきた峡谷をゆっくり下っていく。
さすがにこの頃にはかなり疲れていたのか、細かなことはあまり覚えていない。ただ、もう自分の足で歩かなくてもいい。
トロッコの揺れに身を任せながら、少しずつ山から離れていく。長かった山行が終わったことを実感しながら、宇奈月へ向かった。



宇奈月駅に着くと、そのまま駅中のレストランへ吸い込まれる。腹が減って仕方がない。富山といえば富山ブラック。塩っ辛いスープが、疲れ切った登山後の体に染み渡る。

そして最後に、回送業者に預けておいたハイエースを回収。ここからはもう山の緊張感もない。三人であれこれ話しながら、高速道路を大阪へ向けて走る。
長かった下ノ廊下と水平歩道の山行も、こうして終わった。
紅葉の下ノ廊下を歩いて

黒部ダムから歩き始め、紅葉に彩られた黒部峡谷へ。岩壁を縫う細い道、白竜峡の深い谷、十字峡やS字峡の流れを越え、長い一日の終わりには阿曽原温泉の湯に浸かった。
翌日は水平歩道へ入り、大太鼓の断崖や志合谷の暗いトンネルを抜け、最後は欅平へ。そこからトロッコ列車に乗り、二日間歩き続けた黒部峡谷を今度は車窓から振り返った。
紅葉の美しさに何度も足を止め、断崖の高度感に緊張し、時には仲間とくだらない話をしながら歩いた三日間。下ノ廊下と水平歩道は、ただ絶景を見に行くだけではなく、その景色の中を自分の足で歩くことに大きな意味がある山旅だった。
長い道のりを歩き終えた頃には、疲労と達成感とともに、もう次の山のことを考えていた。黒部峡谷で見た景色と、仲間と歩いた時間を思い返しながら、またどこかの山へ歩きに行きたいと思う。

